先日、愛知県の製造業を経営する社長(64歳)から、こんな話を聞かせてもらいました。
「退職金の受け取り直前まで、自分の設計は完璧だと思っていた。まさかあんな結末になるとは」
計画は綿密でした。最終月額報酬70万円、勤続年数30年。功績倍率を3.5倍に設定して、退職金は7,350万円。会社の貢献度を正当に評価した、理にかなった数字のはずでした。
数年後に届いた「税務調査」の通知
退職金を受け取った数年後、税務署から調査が入りました。
問題になったのは、功績倍率の部分です。税務上の実務では、功績倍率は3.0倍以内が安全ラインとされています。この会社の3.5倍という設定は、その上限を超えていました。
結果、3.0倍を超えた部分に対応する退職金が「適正額を超えている」と判断され、損金不算入の扱いに。法人側での追徴課税と、山田社長個人の修正申告が重なり、合計で約1,100万円が消えました。
何年も前に受け取った退職金の話が、突然蒸し返される。しかも取り戻す手段はありません。
功績倍率とは何か、なぜ「3.5倍」がまずかったのか
役員退職金の計算式は、一般的に次の形をとります。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率 = 役員退職金
功績倍率は、会社への貢献や経営者としての役割を反映する係数です。社長であれば3.0倍前後、専務・常務で2.0〜2.5倍、取締役で1.5〜2.0倍というのが、税務上の実務でよく見られる水準です。
3.0倍という上限は法律に明文化されているわけではありません。ただし、国税庁の通達や裁判例の積み重ねから、「社長職で3.0倍を超える設定は過大退職金とみなされるリスクが高い」というのが税務実務の共通認識になっています。
この「明文化されていないが実質的な上限」という性質が、落とし穴になるのです。
「適正額」かどうかは後から判断される
役員退職金の怖さは、受け取った時点では問題が表面化しないことです。
税務調査は3〜5年後に行われるケースも珍しくありません。そのとき、退職金の設計根拠を説明できる議事録・退職金規程・計算根拠の資料が整っていなければ、「適正額を超えていた」と判断されても反論が難しくなります。
山田社長のケースでも、設計時に税理士への確認が十分でなかった可能性が高いと感じました。「功績倍率は高いほうが節税になる」という理解だけで進めてしまい、税務上のリスクを考慮していなかったのかもしれません。
退職金設計で最低限おさえておきたいこと
- 功績倍率は社長でも3.0倍以内を基本とする
- 退職金規程を整備し、役員ごとの支給基準を明文化しておく
- 取締役会議事録で支給額の決議と根拠を記録する
- 設計は退職の数年前から税理士と一緒に進める
特に最後の点は見落とされがちです。退職直前に「さて退職金はいくらにしよう」と考え始めると、選択肢が限られてきます。5〜10年前から設計しておけば、保険を活用した原資確保や月額報酬の水準見直しなど、取れる手が増えます。
設計は「もらう前」にしか直せない
退職金は、受け取ってしまってからでは修正ができません。「失敗した」と気づいても、追徴税額を払うしかない。
山田社長の1,100万円は、設計の段階で税理士に一度確認するだけで防げたミスでした。3.5倍と3.0倍の差はたった0.5倍。でもその差が、退職後の生活に直撃するほどの金額になりました。
まだ退職金規程を整備していない、あるいは「設定した倍率が適正かどうか今ひとつ自信がない」という方は、決算前に一度税理士に確認してみてください。退職金の設計を見直すなら、早ければ早いほど選択肢が広がります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。