先日、ある社長からこんな相談を受けました。「自分が持っている不動産を会社に移せば節税になると聞いたんですが、どうやればいいですか?」

よくある話です。たしかに個人資産を法人に移転すると、所得分散や相続対策など様々なメリットが期待できます。でも、やり方を一歩間違えると、節税どころか数千万円規模の追徴課税を受けることがあるのをご存知でしょうか。

時価1億円の物件を5,000万円で法人に売ったら

「どうせ自分の会社だから」と、時価1億円の不動産を5,000万円で法人に譲渡した社長がいたとします。

受け取る金額が低いのだから、むしろ課税は少ないのでは——そう思うかもしれません。ところが税務の結論は真逆です。

個人側では、時価と売買価格の差額5,000万円が**「低廉譲渡」として所得税の課税対象**になります。実際に受け取った金額ではなく、「本来もらうべきだった金額」に課税されるのです。所得税法60条の2の考え方で、市場価格より著しく低い価額での譲渡は時価で譲渡したとみなされます。

さらに厄介なのが法人側です。5,000万円で買った資産の時価が1億円なら、差額5,000万円分を「タダで受け取った」と税務上みなされます。これが受贈益です。法人税の課税対象になります。

結果として、個人にも法人にも同じ5,000万円分の課税が発生するダブル課税の完成です。節税のつもりが、大幅に損をする取引になってしまいました。

なぜ時価を外れると課税されるのか

法人税法・所得税法ともに、「個人と法人の取引は時価でおこなうべき」という大原則があります。

オーナー社長が支配する同族会社では、自分の意志で売買条件を自由に設定できてしまいます。放置すれば「今年は役員報酬を下げて、来年は土地を安く法人に売って…」と、税負担を自由に操作できてしまいます。それを防ぐために、時価から著しく外れた同族間取引は自動的に課税対象になる仕組みになっているのです。

正しく法人移転している社長がやっていること

では、どうすれば安全に進められるのでしょうか。

まず必須なのが、不動産鑑定士など第三者による時価評価です。自己判断や概算ではなく、公的に認められた評価書を取得します。これが「適正価格で売買した」という根拠になります。

次に、その時価で売買契約書を締結し、取締役会議事録も整備します。「なぜこの価格で売買したか」を書面で説明できる状態にしておくことが、税務調査対策の基本です。

書類が揃っていれば、税務調査で「この取引の根拠を見せてください」と言われても、鑑定書と議事録を出して堂々と対応できます。準備のある社長とそうでない社長では、税務調査の結末が大きく変わります。

時価で売買しても否認されることがある

ここからが、さらに怖い話です。

法人税法132条に「同族会社の行為計算否認」という規定があります。税務署が「税負担を不当に減少させる目的の取引だ」と判断すれば、たとえ時価での売買であっても、税務上の取扱いを否認できるという強力な権限です。

つまり、「ルール通りにやったのに否認された」という事態が理論上は起こりえます。この規定が厄介なのは、適用基準が抽象的で、最終的には税務署の判断次第という部分が残る点にあります。

だからこそ、資産の法人移転を検討するときは、スキームを決めるに税理士と相談することが不可欠です。「移した後に問題が発覚した」では、手遅れになるケースがほとんどです。

動き出す前に、全体設計を相談してほしい

個人資産の法人移転は、正しく設計すれば強力な節税・資産防衛の手段になります。ただ「自分の会社だから自由に決めていい」という感覚のまま進めると、思わぬ課税リスクを抱えることになります。

特に不動産は金額が大きいだけに、失敗したときのダメージも深刻です。法人移転を少しでも検討しているなら、まず信頼できる税理士に全体の絵を相談してみてください。動き出す前の一言が、数千万円の差になることがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。