先日、製造業を経営する60代の社長からこんな相談を受けました。「税務調査が入って、追徴税額が300万円を超えた。節税のつもりだったのに、逆に損をした」と。
よく話を聞いてみると、個人で持っていた不動産を自分の会社に売却した際に、「だいたいこのくらいでいいだろう」と価格を決めてしまっていたのです。その価格の設定が、思わぬ税務リスクを生んでいました。
「法人で経費にできる」は正しいが、その前に落とし穴がある
個人の資産を法人に移すこと自体は、れっきとした節税手法です。法人で不動産を保有すれば、修繕費や減価償却費を法人の経費として計上できます。個人で持ち続けるより、トータルの税負担を下げられるケースは確かにあります。
ただし、問題はそこではありません。個人から法人への売却価格をどう設定するか、ここに最大のリスクが潜んでいます。
時価の8割以下は「低額譲渡」と見なされる
税務上の原則として、個人と法人の間の取引は「時価」で行わなければなりません。これは、社長自身と自分の会社の間の取引であっても同じです。
冒頭の社長のケースでは、時価が約2,500万円の不動産を1,500万円で法人に売却していました。差額は1,000万円。税務署はこれを「低額譲渡」と認定し、差額分について課税してきたのです。追徴税額は約300万円にのぼりました。
節税のつもりが、余計な税金を払う結果になってしまった。これが低額譲渡の怖さです。
なぜ税務署に狙われやすいのか
個人と法人の間の取引は、税務調査でも特に目が向けられやすい項目のひとつです。理由はシンプルで、「価格を恣意的に操作しやすい」からです。
第三者との取引であれば、売り手は少しでも高く、買い手は少しでも安くと利害が対立します。ところが社長と自社の取引は、同じ人間が両方の意思決定をしている。税務署から見れば、価格を自由に動かせる環境に映るのです。
とくに直近で法人への資産移転を行った会社は、申告内容だけでも「確認しに行こう」という動機が生まれやすいと聞きます。リスクは決して低くありません。
安全に資産移転するための3つのポイント
適切に行えば、個人資産の法人移転は有効な節税策になります。ただし、次の点は必ず押さえておいてください。
まず、不動産鑑定士か税理士に依頼して、事前に適正価格を確認すること。「だいたいこのくらい」という感覚値では通用しません。第三者が算出した根拠のある価格を用いることが、税務調査への最大の備えになります。
次に、売買契約書と振込記録を整備すること。口頭や曖昧な合意では、後から「適正な取引だった」と証明することができません。契約書をきちんと作成し、代金も実際に振り込むことが重要です。
そして、移転のタイミングと目的を記録しておくこと。なぜこの時期に、なぜこの資産を法人に移したのか。事業上の合理的な理由があることを示せると、税務調査での説明がぐっとスムーズになります。
「安く売れば法人が得をする」は誤解
よくある誤解として、「個人から法人に安く売れば、法人の取得コストが下がってお得」という発想があります。短期的にはそう見えるかもしれません。
しかし低額譲渡と認定された場合、差額分は「みなし贈与」として課税される可能性があります。場合によっては贈与税と所得税の両方がかかるケースもあり、節税どころかトータルの税負担が増えてしまうことになるのです。
「安くすれば得」ではなく、「適正価格で動かすことが最善」という認識に切り替えることが大切です。
今すぐ確認してほしいこと
個人名義で持っている不動産や有価証券、設備などを法人に移そうと考えているなら、まず専門家への相談を先に済ませてください。動いてから相談では手遅れになることがあります。
すでに移転済みで価格の根拠が曖昧なケースも、今のうちに整理しておくことをおすすめします。税務調査は突然やってきます。「あのとき確認しておけば」と後悔する前に、一度顧問税理士に洗い出しを依頼してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。