先日、創業20年を超えたばかりの製造業の社長から、こんな連絡がありました。
「そろそろ退職金を受け取ろうと思っているんだけど、税理士に任せておけば大丈夫だよね?」
もちろん税理士に任せることは大切です。ただ、社長自身も「勤続年数の数え方」だけは頭に入れておいてほしいと伝えました。なぜなら、たった1年の違いが、手取りに70万円の差をもたらすことがあるからです。
退職所得控除の基本をおさえる
役員退職金には「退職所得控除」という強力な節税の仕組みがあります。退職金全額に税金がかかるわけではなく、勤続年数に応じた控除額を差し引いた残りにしか課税されません。
控除の計算式はシンプルで、勤続年数が20年以下なら「1年あたり40万円」、20年を超えた部分については「1年あたり70万円」が控除されます。
例えば、ちょうど20年勤務した場合、控除額は40万円×20年=800万円です。一方、21年勤務していれば、800万円+70万円で870万円になります。この差額の70万円、退職金をもらうタイミングを少し調整するだけで生まれてくるものです。
「端数は切り上げ」が意外と知られていない
ここで多くの社長が見落としているのが、勤続年数の端数処理のルールです。
所得税法上、勤続年数に1年未満の端数がある場合は、切り上げて計算します。つまり、20年6ヶ月の勤務期間は「21年」として扱われるわけです。
これは非常に重要なポイントです。20年ちょうどで退職すれば控除は800万円ですが、そこから半年でも長く勤務してから退職すれば「21年扱い」となり、控除は870万円に跳ね上がります。たった半年の差で、手元に残るお金が70万円変わってくるのです。
逆に言えば、「もうすぐ区切りのいい年数になる」という時期に退職のタイミングを検討するなら、少し待つだけで大きなメリットが生まれる可能性があります。退職のスケジュールを決める際には、この端数のルールを必ず意識してください。
勤続年数の「起算点」にも落とし穴がある
勤続年数の数え方で、もうひとつ押さえておきたいのが「いつから数え始めるか」という起算点の問題です。
役員の就任日というと、多くの方は「登記した日」をイメージされるかもしれません。しかし実務では、登記日ではなく株主総会の決議日が就任日として扱われるケースがあります。
登記には時間がかかりますから、総会決議から登記完了まで数週間ズレることは珍しくありません。この数週間が積み重なると、勤続年数の計算に影響が出ることもあります。特に端数の切り上げを考えると、数日〜数週間の違いが「1年」の差になることだってあり得るのです。
「自分がいつ役員に就任したか」を正確に把握している社長は、実はそれほど多くありません。議事録や登記書類を引っ張り出して、一度きちんと確認しておくことをおすすめします。
タイミングを「設計」することが節税の本質
役員退職金の節税というと、金額をいくらにするかばかりに目が向きがちです。もちろん適正な金額設定も重要ですが、「いつ受け取るか」という時間軸の設計も同じくらい大切です。
勤続年数があと数ヶ月で切り上がるタイミングなら、退職日を少し後ろにずらす。20年を超えそうなら、超えてから退職する。こうした「1年単位の設計」を意識するだけで、控除額が数十万〜70万円単位で変わってきます。
退職金は一生に一度か二度の大きな意思決定です。「なんとなく決算月に合わせた」「キリのいい年数になったから」という理由で決めてしまうのは、もったいない話です。
具体的な勤続年数の起算点や端数処理については、ご担当の税理士と一緒に議事録や登記資料を確認しながら進めるのが安心です。ただ、社長自身が「端数は切り上げになる」「起算点は登記日と違う場合がある」という知識を持っておくことで、税理士との会話の質がグッと上がります。
もし「自分がいつ就任したか、正確に把握していないな」と思ったなら、今日中に創業時の議事録を確認してみてください。それだけで、退職金の受け取り戦略が変わるかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。