先日、創業20年のソフトウェア会社を経営する社長から、こんな相談を受けました。

「IPOを目指してきたけど、M&Aの話も来ていて。どっちが得なんですかね?」

この質問、実はかなり本質的です。売却金額や会社の将来性だけでなく、税引き後に手元にいくら残るかを考えないと、億単位の差が出てしまうことがあるからです。今日はそのあたりを、できるだけ具体的な数字を交えてお伝えしたいと思います。


IPOで株を売ると、最大55%持っていかれる現実

IPO(株式上場)と聞くと、成功の象徴というイメージがありますよね。たしかに、会社が上場すること自体は経営者としての一つのゴールかもしれません。

ただ、税金の話になると、少し立ち止まって考える必要があります。

上場後に創業者が株を売却する場合、その株をどのように取得したかによって課税の扱いが変わります。ストックオプションなど、一定の要件を満たさないケースでは「給与所得」として扱われることがあり、その場合は所得税・住民税あわせて**最高55%**の税率が適用されます。

仮に3億円の売却益が出たとして、55%が税金で消えると手元に残るのは約1億3500万円。億を超える利益を出したのに、ほぼ半分以上が税金になってしまうわけです。これは「知らなかった」では済まされない差です。


M&Aの株式譲渡なら、税率は約20%

一方、M&Aで会社の株をそのまま売却する場合はどうでしょうか。

オーナー社長が保有する株式を買い手企業に譲渡する、いわゆる「株式譲渡」の形をとると、譲渡所得として**申告分離課税の約20%**が適用されます。所得税・住民税を合算した数字です。

同じ3億円の売却でシミュレーションしてみましょう。

  • IPO後に給与扱いで売却した場合:手残り約1億3500万円
  • M&Aで株式譲渡した場合:手残り約2億4000万円

差額はなんと約1億円以上。会社の売却価格が同じでも、出口の「形」によってここまで変わるのです。

もちろん、IPOには上場後の株価上昇や知名度向上といったメリットもあります。ただ、「どっちが手元に残るか」という純粋な税負担の観点では、M&Aの株式譲渡に軍配が上がることが多いと言えます。


最も見落とされる節税策:役員退職金との組み合わせ

ここからが、多くの社長に知っておいてほしい話です。

M&Aの株式譲渡に加えて、役員退職金をうまく組み合わせることで、さらに税負担を下げられる可能性があります。

役員退職金には「退職所得控除」という強力な控除が用意されています。勤続年数が長ければ長いほど控除額が大きくなり、さらに課税対象となる金額が2分の1になるという優遇措置もあります。

創業から20年の社長であれば、退職所得控除だけで800万円以上の控除が受けられます。仮に適正額の退職金を受け取った場合、課税される所得をかなり圧縮できるため、全体の税負担を実質的に下げることが可能です。

ただし、ここには重要な注意点があります。

退職金の金額が高すぎると「不相当に高額な役員退職金」として税務署に否認されるリスクがあります。また、M&Aのタイミングの直前すぎると、実態のない退職金として問題視されることも。金額の算定根拠や支払い時期の設計は、必ず税理士と一緒に進めてください。


出口戦略は、売る「前」に考えるもの

会社の売却を考え始めたとき、多くの社長が「いくらで売れるか」に意識が向きます。もちろん売却価格は大切です。でも同じくらい大切なのが、「どう売るか」によって税引き後の手残りがどう変わるかという視点です。

IPOとM&Aの選択だけでなく、役員退職金の活用まで含めた出口戦略の設計は、できれば売却の2〜3年前から税理士と相談しながら進めるのが理想的です。直前になればなるほど、取れる選択肢が狭まっていきます。

もし「いずれ会社を誰かに渡したい」と考えているなら、今がその設計を始めるタイミングかもしれません。手残りが1億円変わる可能性があるなら、早めに動く価値は十分あるはずです。


※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。