先日、創業30年の印刷会社を経営する社長から、こんな相談を受けました。

「もう10年以上、毎年110万円ずつ子どもに贈与してきた。これって、ちゃんと節税になってるよね?」

答えは「条件によっては、損しているかもしれません」でした。社長は一瞬、固まっていました。

2024年から「暦年贈与」のルールが変わった

暦年贈与とは、年間110万円以内の贈与なら贈与税がかからないという制度です。長年、相続税対策の王道として使われてきました。毎年コツコツ贈与すれば、相続財産を少しずつ圧縮できる——そんな認識が広まっています。

ただ、2024年の税制改正で、この常識に大きな修正が入りました。

以前は「相続前3年以内」の贈与が相続財産に持ち戻される(加算される)ルールでしたが、改正後は相続前7年以内に延長されたのです。つまり、亡くなる7年前まで遡って、贈与した財産が相続税の計算に含まれてしまいます。

10年間、毎年110万円を贈与していたとして、そのうち7年分・770万円分は「なかったこと」になってしまう可能性があるわけです。長年コツコツ続けてきた社長ほど、この改正の影響を受けやすい。

「相続時精算課税」という選択肢を知っていますか

一方で、あまり使われていないけれど強力な制度があります。それが「相続時精算課税」です。

この制度を選択すると、累計2,500万円まで贈与税なしで財産を渡せます。2,500万円を超えた部分には一律20%の贈与税がかかりますが、後で相続税を計算するときに精算される仕組みです。

さらに2024年の改正では、相続時精算課税を選んだ場合でも年110万円の基礎控除が使えるようになりました。毎年110万円以内の贈与なら、相続時に持ち戻しも不要。実質的に使い勝手がかなり改善されています。

自社株を承継したい社長には、特に要注意

相続時精算課税が特に有効なのは、自社株の承継を考えているケースです。

たとえば、今の自社株の評価額が1億円だとします。これを暦年贈与でちびちびと渡そうとすると、何十年もかかります。その間に会社が成長して株価が上がれば、贈与できていない残りの株の評価額も上がっていく。相続税の対象がどんどん膨らむリスクがあります。

相続時精算課税なら、2,500万円分の株を一気に後継者へ移せます。重要なのは、贈与した時点の評価額で精算されるという点です。後から株価が3億円に上がっても、相続税の計算に使われるのは贈与時の評価額。業績が伸びそうな会社の株は、早めに移してしまったほうが有利になるケースが多いのです。

どちらが「正解」かは、人によって違う

ここまで読んで「じゃあ相続時精算課税一択だ」と思った方、少し待ってください。

相続時精算課税にも注意点はあります。一度選択すると、同じ贈与者からの贈与については暦年贈与に戻れません。また、不動産など値下がりする可能性がある財産には向かないケースもあります。

どちらが有利かは、以下のような要素によって変わります。

  • 財産の総額(相続税の実効税率がどのくらいか)
  • 自社株の現在の評価額と将来の成長見込み
  • 後継者が何人いるか、他の相続人との関係
  • 贈与者の年齢と健康状態

これらを組み合わせてシミュレーションしてみると、「暦年贈与のほうが有利」という結論になるケースも当然あります。「一般的にどちらが得か」という問いに、正直な答えは出せません。

今すぐ、税理士にシミュレーションを依頼してほしい理由

冒頭の印刷会社の社長は、その後、税理士に詳細なシミュレーションを依頼しました。結果として、自社株の一部については相続時精算課税に切り替え、現金については暦年贈与を継続するという組み合わせ戦略を取ることになりました。

「もっと早く見直せばよかった」というのが、社長の率直な感想でした。

相続税対策は、始めるタイミングが早いほど選択肢が広がります。贈与してから7年後に効果が出る制度ですから、今日動かなければ、7年後の自分が損をします。

まだ「とりあえず暦年贈与をやっておけばいい」という感覚で動いているなら、今期中に一度、専門の税理士に財産全体を見せてシミュレーションをお願いしてみてください。数字で比較してもらうだけで、見える景色がガラッと変わるはずです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。