先日、創業25年のベテラン社長からこんな相談を受けました。「顧問税理士に報酬を上げようと提案したんですが、退職金のことを考えると単純に喜べないって言われて。どういうことですか?」と。

この質問、実はとても本質を突いています。報酬を上げれば手取りが増えると思いがちですが、退職金の設計まで視野に入れると、話はがらりと変わってくるんです。

退職金は「最後の月給」で決まる

役員退職金の計算式をご存じでしょうか。一般的に使われるのは、**「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」**という方式です。

ここで注目してほしいのが「最終報酬月額」、つまり退職直前の月額報酬が基準になるという点です。勤続年数や功績倍率は後から大きく動かせませんが、最終報酬月額は現役中の報酬設計がそのまま影響します。

たとえば勤続30年・功績倍率3倍の社長が、月額報酬100万円で退職すれば退職金の基準額は9,000万円。月額150万円なら1億3,500万円になります。数字だけ見れば「じゃあ報酬を上げよう」となりますが、ここに大きな落とし穴があります。

報酬を上げると「2つの損」が生まれる

ひとつ目の損は、現役中の税負担と社会保険料の増加です。役員報酬は給与所得として課税されるため、報酬が増えるほど所得税・住民税の税率が上がり、社会保険料も膨らみます。月額が高くなるほど、手取り増加率は低下していきます。

ふたつ目の損は、税務署との関係です。退職金の金額が「不相当に高額」と判断されると、法人税の損金算入が否認されるリスクがあります。税務署は功績倍率や最終報酬月額が業界水準や会社規模と比べて突出していないかを細かくチェックします。報酬を無理に引き上げて退職金を膨らませようとすると、かえって否認リスクを高めることになりかねないのです。

理想は「現役で貯めて、退職でまとめて受け取る」

では、賢い社長はどう設計するのか。答えはシンプルで、現役中は報酬を適正水準に抑えて法人に利益を蓄積し、退職時に退職金としてまとめて受け取るという流れです。

ここで退職金が圧倒的に有利な理由が「退職所得控除」にあります。退職所得は、受け取った金額から退職所得控除を引いた額の、さらに半分だけが課税対象になります。この「半分課税」というルールだけでも、給与で受け取るより格段に税負担が軽くなります。

さらに退職所得控除の金額も、勤続年数が長いほど大きくなります。勤続20年超は1年ごとに70万円ずつ控除額が増えるため、勤続30年なら控除額は1,500万円を超えます。長く会社を続けてきた社長ほど、退職金設計の恩恵は大きくなるわけです。

「いくら残すか」より「いつ・どう受け取るか」

節税の本質は、稼いだ金額を増やすことではなく、手元に残るお金を最大化することです。報酬として毎月受け取れば、そのたびに税金と社会保険料が削られます。一方、退職金として受け取れば、退職所得控除と2分の1課税のダブル効果で、受け取り額に対する税負担率は劇的に下がります。

設計の違い次第で、生涯の手取り総額が数千万円変わることも珍しくありません。これは誇張ではなく、多くの社長が実感している現実です。

注意したいポイントを3つだけ

退職金設計は魅力的ですが、いくつか押さえておきたい点があります。

まず、退職金は「実態を伴う退職」が前提です。名義だけ変えて実質的に経営を続けているケースは、税務署に否認されるリスクがあります。次に、功績倍率は一般的に代表取締役で3倍程度が目安とされていますが、これも会社の規模や業種によって判断が異なります。そして、退職金の原資となる法人の内部留保をどう積み上げるかは、毎期の利益計画と連動した長期的な設計が必要です。

これらはどれも「退職が近づいてから考える」では手遅れになりやすい話です。

今の報酬設定、一度見直してみませんか

役員報酬は毎期の税務申告に直結するため、どうしても「今期どうするか」という短期視点で決めがちです。でも本当は、退職までの総手取りを最大化するという長期視点で設計することが、社長にとってもっとも大切な経営判断のひとつです。

まだ退職金を意識した報酬設計をしていないなら、早ければ早いほど選択肢が広がります。顧問税理士に「退職金から逆算した報酬設計を一緒に考えてほしい」と一言伝えてみてください。その一言が、老後の安心に直結するかもしれません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。