先日、従業員20名・年商3億円の印刷会社を経営する田中社長(仮名)から、こんな相談を受けました。

「後継者もいないし、もう廃業しかないと思ってるんです。どうせ手元にはほとんど残らないでしょうけど…」

その言葉を聞いて、私はすぐに試算を始めました。そして画面を見せたとき、田中社長は絶句していました。


廃業を選ぶと、手元に残るのは2000万円

廃業というのは、「会社を閉めるだけ」のように聞こえますが、実際にはかなりのコストがかかります。

設備の処分費用、在庫の整理費用、そして従業員への退職金や解雇にともなう諸費用。これらが積み重なると、思ったより手残りが減っていきます。田中社長のケースでシミュレーションしてみると、廃業後に手元に残る金額は約2000万円という結果になりました。

長年かけて築いてきた会社の終わりとして、2000万円という数字をどう感じるでしょうか。決して「もらえる」という感覚ではなく、「これだけしか残らないのか」という感覚になる社長が多いのです。


M&Aで売却すると、同じ会社が7000万円になる

一方で、M&Aによる株式譲渡を選んだ場合はどうなるか。同じ会社、同じ状況で試算すると、手取りは約7000万円になりました。

その差、5000万円です。

なぜこれほどの差が生まれるのか。大きな理由は2つあります。

1つ目は「売却益への税率の低さ」です。株式を譲渡して得た利益にかかる税率は、原則として約20%(所得税・住民税の合計)です。これは、廃業時に発生するさまざまな収入が「給与所得」や「一時所得」として扱われ、累進課税が適用されるケースと比べると、かなり有利な水準です。

2つ目は「処分コストがかからない」こと。廃業では設備も在庫も自分たちで処理しなければなりませんが、売却なら会社ごと引き継いでもらえます。資産も負債も、顧客も従業員も、すべてそのままバトンを渡せる。だからコストが発生しないのです。


「うちの会社なんて売れない」という思い込みが一番もったいない

M&Aという言葉を聞くと、「大企業の話でしょ」「うちみたいな小さい会社、誰も買わないよ」と感じる社長が多いです。田中社長も最初はそうでした。

でも実際には、年商3億・従業員20名規模の会社は、買い手にとって非常に魅力的なケースがあります。特に印刷業のように、一定の顧客基盤と技術・設備を持っている会社は、「ゼロから立ち上げるより買ったほうが早い」と考える買い手が存在します。

地方の中小企業でも、ニッチな技術や安定した顧客リストがあれば、十分に売却の対象になります。「売れるかどうか」は、専門家に相談してみるまでわからないのです。


廃業が絶対に悪いわけではないけれど

誤解してほしくないのですが、廃業という選択肢が間違っているわけではありません。買い手が見つからないケース、あるいは早期に清算したい事情があるケースでは、廃業が合理的な判断になることもあります。

ただ、「廃業しかない」と最初から決めつけてしまうのは危険です。選択肢を知らないまま決断してしまうと、今回のように5000万円の差を見逃すことになりかねない。

もちろん、今回の数字はあくまで一例です。会社の財務状況、株価の評価方法、買い手の条件によって結果は大きく変わります。「うちの場合はどうなるんだろう」と思ったら、まずは税理士やM&Aの専門家に試算を依頼してみてください。


出口戦略は、引退の2〜3年前から考えるのが理想

M&Aには時間がかかります。買い手を探し、交渉し、デューデリジェンス(企業調査)を経て、契約に至るまで、早くても半年、長ければ1〜2年かかることも珍しくありません。

さらに、会社の財務を売却に向けて整理しておく期間も必要です。不要な資産を整理したり、利益体質に改善したりすることで、売却価格が上がることもあります。

だからこそ、「そろそろ引退を考えようかな」と思い始めたタイミングで、すぐに専門家に相談することをおすすめします。「まだ早い」と思っているくらいが、ちょうどいいタイミングかもしれません。

田中社長は今、M&Aのプロセスを進めながら、引退後の生活設計を楽しそうに話してくれています。「廃業しなくてよかった」と笑顔で言っていたのが、印象的でした。

もし今、後継者問題や引退後の資金を漠然と不安に感じているなら、まず「廃業と売却の試算を比べてみる」ことから始めてみてください。その一歩が、数千万円の差を生むかもしれません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。