先日、知人の税理士からこんな話を聞きました。「退職金5000万円を、税務署にまるごと持っていかれた社長がいる」と。
最初は冗談かと思いました。でも、これは実際に起きた話です。そして、同じリスクを抱えている会社が、今この瞬間も日本中にたくさんあります。
計算式は合っていた。なのになぜ否認されたのか
製造業を30年にわたって引っ張ってきた田中社長(仮名)が、引退を機に役員退職金として5000万円を受け取りました。計算の根拠は、退職金の世界でよく使われる公式です。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
田中社長の場合、月額報酬100万円、勤続30年、功績倍率3倍。計算すると上限は9000万円。5000万円はその範囲内に収まっているので、一見なんの問題もなさそうですよね。
ところが税務調査が入り、5000万円の全額が損金として認められませんでした。会社は法人税を追徴され、田中社長個人にも所得税が課税される。二重のダメージです。退職金の節税効果が吹き飛んだどころか、むしろ大きなマイナスになってしまいました。
否認された理由は2つある
まず1つ目が、「退職していない」と判断されたことです。
田中社長は確かに代表取締役を退任しました。でも退任後も週4日は会社に出勤し、得意先との打ち合わせに同席したり、重要な契約判断に関わったりしていたんです。税務署はこれを「名ばかり退職」と判定しました。
退職金が税務上で優遇されているのは、「その人が実質的に会社経営から手を引いた」という前提があるからです。形式上は退任していても、実態が変わっていなければ退職とは認められません。肩書きが変わっただけでは不十分なんです。
2つ目の理由が、功績倍率の問題です。
功績倍率3倍という数字、感覚的にはそれほど高くないように見えるかもしれません。でも税務署が問題にするのは「自社の計算が合っているか」ではなく、「同規模・同業他社と比べて妥当かどうか」という点です。
同業の製造業他社の退職金データと照らし合わせた結果、田中社長の功績倍率は明らかに高水準と判定されてしまいました。自社内で完結した計算をしていると、この視点が完全に抜け落ちてしまいます。
「退職後の関与」は想像以上にシビアに見られる
ここで多くの社長が誤解しているのが、「少し顔を出す程度なら大丈夫だろう」という感覚です。
実際には、週に何日出勤しているか、どんな決定に関わっているか、取引先や従業員からどう認識されているか、といった実態のすべてが判断材料になります。「相談役」「顧問」として形式的に関与しているだけのつもりでも、実質的な影響力が残っていれば退職とは見なされないケースがあります。
退職後の関与について、事前に明確なルール設計をしておくことが本当に大切です。
功績倍率の「相場」を知らずに設定してはいけない
功績倍率は、業種・規模・地域によって相場が異なります。一般的に中小企業では2〜3倍の範囲が多いとされていますが、これはあくまで目安です。
重要なのは、「なぜその倍率にしたのか」という根拠を文書で残しておくこと。同業他社の水準を調べ、社長の貢献度を客観的に評価したプロセスを議事録や内規として残しておく。これが税務調査で問われたときの防衛線になります。
根拠のない数字を「計算式の上限内だから大丈夫」と思って設定するのは、非常に危険な考え方です。
退職金の節税効果を守るために、今できること
役員退職金は、正しく設計すれば会社にとっても社長個人にとっても大きな節税効果があります。退職所得控除が使えるため、給与として受け取るよりも税負担が大幅に軽くなるのがその理由です。
ただし、その恩恵を受けるためには「本当の退職」であることと「相場に見合った金額設定」という2つの条件を同時に満たさなければなりません。
引退を考えているなら、少なくとも2〜3年前から準備を始めることをおすすめします。退職後の関与ルールを社内規程として整備し、後任への権限移譲を段階的に進め、功績倍率の根拠となるデータを蓄積しておく。これだけで、税務調査への耐性がまったく変わってきます。
引退を「なんとなく」進めるには、5000万円はあまりにも大きな金額です。退職金の設計は、経営の仕上げとして最も丁寧に取り組んでほしいテーマのひとつです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。