先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。
「息子に会社を継がせようとしているんだけど、税理士から『相続税だけで2億円以上かかりますよ』と言われて、正直途方に暮れています」
年商10億円、従業員も40名を超える立派な会社です。でも、だからこそ自社株の評価額が跳ね上がり、後継者にそのまま渡そうとすると、相続税・贈与税の請求書が想像を絶する金額になることがある。これは決して珍しい話ではありません。
「丸ごと承継」が落とし穴になる理由
多くの社長は「自分が育てた会社をそのまま子どもに渡したい」と考えます。その気持ちは当然です。でも税務の世界では、「会社をそのまま渡す=自社株を丸ごと移転する」ことになり、株価評価がそのままダイレクトに課税対象になります。
特に業績が好調な会社ほど株価評価は高くなります。純資産が厚く、利益も安定していれば、株の評価額が数億〜数十億円になることも珍しくありません。そこに最高55%の相続税率がかかってくるわけですから、後継者が税金を払うために会社の資産を切り売りするような事態にもなりかねない。
「会社分割」という切り札
そこで近年、出口戦略として注目されているのが会社分割という手法です。
会社分割とは、ひとつの会社の事業を切り出して、別の会社に移転させる組織再編の手法です。簡単に言うと、「本体の会社」と「後継者に渡す事業だけを詰め込んだ新会社」に分けるイメージです。
たとえば、製造部門・不動産部門・投資部門が混在している会社があったとします。後継者に渡したいのは製造部門だけ。それなら製造部門だけを新会社に切り出し、その新会社の株を後継者に承継させる。こうすることで、承継する株の評価対象が「会社全体」ではなく「切り出した部門だけ」に絞られます。
結果として、課税対象となる株価評価が大きく下がるケースがあります。うまく設計できれば、税負担が30%以上変わることも十分あり得ます。
具体的にどのくらい変わるのか
仮に会社全体の株価評価が5億円だったとします。そのうち後継者に渡す製造部門の純資産・収益力を切り出して評価すると、2億円程度に収まるケースがあります。
5億円への課税と2億円への課税では、税額の差は数千万円規模になります。これが「30%以上の差」として現れるわけです。もちろんケースバイケースですが、こうした設計の余地があること自体を知らずにいるのは、非常にもったいない。
分割の組み方で結果は大きく変わる
ただし、ここで注意が必要です。会社分割は「やり方次第で逆効果」になる可能性もある手法です。
たとえば、分割のタイミングが悪いと株価評価が一時的に上がってしまうことがあります。また、分割後の会社の事業内容や収益力の組み合わせによっては、かえって評価が高まるケースも。さらに、組織再編には登記費用や税務上の適格要件など、クリアすべきハードルがいくつもあります。
「会社分割で節税できると聞いたから、とりあえず分けてみた」という見切り発車は絶対に避けてください。必ず事業承継に精通した税理士・弁護士と一緒に、現状の株価評価の試算から設計まで丁寧に進めることが大前提です。
「まだ先の話」と思っているうちに手遅れになる
事業承継の相談で一番多いのは、「もっと早く動けばよかった」という後悔です。会社分割を使った節税設計は、実行から効果が出るまでに数年単位の時間がかかることもあります。60代前半のうちに動き始めれば選択肢は広いですが、70代に入ってから慌てて動こうとすると、使える手が限られてきます。
「自社株の評価額がいくらなのか」をまず把握するだけでも、大きな一歩です。顧問税理士に「会社分割を使った承継設計を相談したい」と一言伝えてみるところから始めてみてください。
出口戦略は、会社を「どう大きくするか」と同じくらい重要な経営判断です。後継者に重い税負担を残さないための設計を、ぜひ今期中に検討してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。