先日、ある地方の製造業オーナーから話を聞く機会がありました。
60代の田中社長(仮名)は、工場を一代で育てた方です。資産は会社の株と自宅、それに少しの預金。「相続のことは何とかしなければ」とは思いつつ、日々の経営に追われて後回しにしてきたと言います。
そんな田中社長に転機が訪れたのは、顧問税理士との定例打ち合わせの席でした。
「こんな制度があったのか」
税理士が切り出したのは、保険を使った相続対策の話でした。
田中社長には奥様とお子さん3人、そして親御さん1人の、計5人の法定相続人がいます。この「5人」という数字が、大きなカギになります。
生命保険の死亡保険金には、「500万円×法定相続人の数」分の非課税枠があります。田中社長の場合、5人×500万円=2,500万円が非課税です。
さらに、法人から支払われる死亡退職金にも、同じ計算式で非課税枠があります。こちらも5人×500万円=2,500万円が非課税。個人の生命保険と法人保険を組み合わせることで、合計5,000万円が相続税の課税対象から外れる。税理士の話を聞いた田中社長は、思わず「こんな制度があったのか」と声を上げたそうです。
2つの非課税枠は、別々に使える
「生命保険の非課税枠と死亡退職金の非課税枠は、どちらか一方しか使えないのでは?」と思われる方もいるかもしれません。でも実は、この2つは別々の制度です。相続税法上、それぞれ独立した非課税枠として認められています。
つまり、うまく設計すれば2つの枠を両方フルに活用できる。それが今回の田中社長のケースです。
相続人が多い家庭ほど、この恩恵は大きくなります。相続人が3人なら合計3,000万円、5人なら5,000万円、7人なら7,000万円が相続税ゼロになる計算です。家族の多い社長ほど、真っ先に検討すべき対策と言えます。
なぜ「設計」が重要なのか
ただし、「保険に入れば自動的に非課税になる」というわけではありません。
まず、非課税の対象になる生命保険は「相続人が受け取るもの」に限られます。受取人が相続人以外の場合は、この非課税枠が適用されないケースがあります。受取人の設定は、加入時にしっかり確認が必要です。
死亡退職金については、金額の根拠となる役員退職慰労金規程が整備されていないと、税務署から「高すぎる」と指摘されるリスクがあります。退職金の適正額は、最終報酬月額×在任年数×功績倍率で計算するのが一般的ですが、功績倍率の設定には慎重さが求められます。
法人保険の場合は、保険料の損金算入ルールも絡んできます。2019年に国税庁が通達を改正してから、法人保険の取り扱いはより慎重な設計が必要になりました。こうした条件を整えながら最大限の効果を引き出すには、専門家と一緒に設計することが欠かせません。
60歳は「まだ間に合う」年齢
田中社長が相続対策を始めたのは60歳。「もっと早くやればよかった」とおっしゃっていましたが、税理士は「今からでも十分です」と答えたそうです。
保険を活用した相続対策は、加入から効果が出るまでの時間軸が比較的短いのが特徴です。株の評価引き下げや不動産の組み換えと違い、加入した瞬間から非課税枠が確保できるという即効性があります。
もちろん健康状態によって加入できる保険の種類や金額が変わりますし、年齢が上がるほど保険料も高くなります。だから「気づいたときが一番早い」というのは、本当のことです。
相続税の対策といえば、不動産購入や生前贈与が話題になりがちです。でも、保険という「シンプルな道具」に大きな非課税枠が眠っていることを、意外と知らない社長は多いものです。
法定相続人が何人いるか、一度確認してみてください。その数字に500万円をかけるだけで、あなたの家族が守られる金額が見えてきます。まだ対策に手をつけていない方は、顧問税理士にこの話を持ち出してみるのがおすすめです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。