愛知のある製造業の社長から、こんな話を聞いたことがあります。
「保険で退職金の準備も万全だし、承継もスムーズに終わった。あとは安心して第二の人生を歩むだけと思っていたら、税務調査の通知が届いたんです」
3年前に息子さんへ会社を引き継ぎ、退職金として8,500万円を受け取った田中社長(仮名)。ところが翌々年、税務調査が入り2,000万円もの追徴課税を受けることになりました。何がどう間違っていたのでしょうか。
10年かけて積み上げた保険設計の誤算
田中社長が選んだのは、逓増定期保険という法人向けの保険商品でした。毎年1,000万円の保険料を積み立て、ピーク時の解約返戻金が8,000万円になる設計です。
この保険料は一定の要件を満たせば法人の損金に算入できます。節税しながら退職金の原資を積み立てる、「保険を使った退職金準備」というスキームです。一見、完璧な計画に見えました。
しかし、ここに重大な落とし穴がありました。
功績倍率が高すぎると、退職金が否認される
退職金の金額は、退職給与規程と功績倍率(最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率)をもとに計算されるのが一般的です。田中社長の退職金8,500万円も、この計算式に則って設定されていました。
問題は、功績倍率が実態に比して高すぎたことです。
税務当局は「退職金が適正かどうか」を同業種・同規模の会社と比較して判断します。功績倍率が過大だと判断されると、超過分が損金として認められない「損金否認」という処分を受けます。通常、功績倍率の目安は3倍以内とされていますが、田中社長のケースでは、この水準を上回っていたようです。
「保険の益金」と「退職金の損金」の相殺が崩れた
ここからが、この事案の本当の悲劇です。
逓増定期保険を解約した際の返戻金8,000万円は、すでに法人の収益(益金)として計上されています。保険積立期間中に損金算入した分を、解約時に一括で益金算入するため、ここで法人税がかかります。
本来の設計はこうでした。「解約返戻金の益金 → 退職金の損金で相殺 → 税負担ほぼゼロ」。保険と退職金をセットで使うことで、課税を極小化するという設計です。
ところが退職金の一部が損金否認されてしまうと、この相殺が機能しなくなります。保険に対する法人税はすでに払済み。退職金の損金は認められない。その結果として生じた追徴課税が、約2,000万円だったのです。
設計は保険と退職金を必ずセットで
このケースから学べる最大の教訓は、「保険だけ設計して満足してはいけない」ということです。
退職金の金額をどう設定するか、功績倍率をどの水準に抑えるか、在職年数との整合性はどうか——これらを、保険設計と同時に検討しておく必要があります。
最低限、以下の4点は確認しておきましょう。
- 退職給与規程が正式に整備されているか
- 功績倍率は同業他社比較で合理的な水準(目安3倍以内)か
- 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率で計算した退職金の総額が現実的な範囲に収まるか
- 保険の解約返戻金(益金)と退職金(損金)が税務上うまく相殺できる設計になっているか
3〜5年ごとに「整合チェック」を
事業承継に向けた保険積立は、10年・20年という長期にわたるプランです。保険を契約した当時の担当者が替わり、社長の報酬が変わり、会社の規模が成長する中で、退職金の設計が「当初の想定」からじわじわとずれていくことがあります。
少なくとも3〜5年ごとに、保険の状況と退職金の設計が整合しているかを税理士と一緒に確認することをおすすめします。田中社長のような事態は、事前の確認で防げるケースがほとんどです。
「保険は入っているから安心」ではなく、「退職金規程と合わせたシミュレーションを定期的に実施する」——これが、長期的に見て何より大切な節税対策になります。
まだ退職金規程を整備していない、あるいは保険設計の見直しをずっと先送りにしているという経営者の方は、ぜひ早めに税理士へ相談してみてください。時間がたつほど選択肢が狭まるのが、事業承継の厳しい現実です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。