先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「退職金を受け取ったんですが、銀行に預けるだけでいいですかね」——。

62歳で30年以上続けた会社を引退したその社長は、3,000万円の退職金を手にしながら、何をすべきか途方に暮れていました。こういう悩みを持つ社長は、実は少なくありません。

「増やしたい、でもリスクは怖い」の壁

正直に言うと、銀行の定期預金では現実的に資産は増えません。今の金利水準では、3,000万円を10年預けても得られる利息はほんのわずかです。

かといって、「大きく損をしたらどうしよう」という恐怖も当然です。引退後は給料がなくなるわけですから、攻めすぎるわけにもいかない。その社長が選んだのは、「複利・分散・節税」という3つの軸を組み合わせた運用設計でした。

分散投資で「一点集中リスク」を排除する

まず、資産を一箇所に集中させませんでした。国内インデックスファンド、海外インデックスファンド、そして安定感のある債券——この3つを組み合わせることで、どれかが下がっても全体への影響を抑えられます。

目標は年利換算で約7%。毎年7%と聞くと「本当に?」と思われるかもしれませんが、世界株式のインデックスを長期で見ると、この水準に近い平均リターンが出ています。毎年7%が保証されるわけではなく、年によって大きく上下します。ただし10年という長い目線で見ると、複利の力が静かに、しかし確実に働き始めます。

3,000万円を年7%で複利運用し続けると、10年後には約5,900万円。ほぼ2倍になる計算です。

NISAで「税金の壁」を越える

もう一つ欠かせないポイントが、NISAの活用です。通常、株や投資信託で得た利益には約20%の税金がかかります。1,000万円儲かっても、手元に残るのは800万円という計算になります。

NISAはこの課税を非課税にする制度です。現行のNISAは年間最大360万円の投資枠があり、生涯の非課税保有限度額は1,800万円。この枠をフル活用することで、運用益にかかる税を大幅に抑えることができました。

「節税」というと法人税や所得税の話が中心になりがちですが、資産運用においては「運用益にかかる税を減らす」視点も同じくらい大切です。特に退職後は、この視点を意識するだけで長期的な手取りがかなり変わってきます。

引退後も資産が「減らない」設計

10年後、その社長の資産は約6,000万円になっていました。ただ、この設計の本当の肝は「増やすこと」より「減らさないこと」にあります。

引退後の収入源をざっくり整理すると、こうなります。まず65歳から始まる年金。次に毎年の運用リターンから生活費を一部補うかたちの運用益。そして、顧問などの形で会社との縁を細く保ちながら月数万円を得る小額の役員報酬です。

この「3階建て収入」の構造ができると、万一のときも資産の取り崩しを最小限に抑えられます。年金と役員報酬で生活費の多くをカバーできれば、運用資産にはなかなか手をつけなくて済む——この状態が「資産が減らない設計」の核心です。

引退を考え始めたら、今すぐ動く

退職金は一生に一度、まとまって受け取れる大切なお金です。受け取った瞬間から「どこに置くか」が問われます。

銀行に置いたままの数年間は、複利の恩恵をまるまる受けられない時間です。仮に5年遅れれば、複利計算上の差は数百万円になることもあります。

「引退はまだ先だから」と思っている社長も、早めに資産設計を考えておくことをおすすめします。税理士やFPと一緒に「いくら必要か」「どう運用するか」を設計しておくだけで、引退後の安心感がまるで違います。いつかくる引退の日を、慌てずに迎えるために——今日が、考え始める一番良いタイミングかもしれません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務・資産運用の判断は税理士・FPにご相談ください。