先日、こんな相談を受けました。
「5年前に、節税になると聞いて相続時精算課税を選んだんです。でも最近になって税理士に試算してもらったら、逆に1億以上損していたって言われて……」
都内で不動産業を営む60代の社長からの話です。節税のつもりで選んだ制度が、むしろ大きな損失を生んでいた。そんな事態が、実際に起きているのです。
「2,500万円まで贈与税ゼロ」に潜む罠
相続時精算課税という制度をご存じでしょうか。
60歳以上の親・祖父母から、18歳以上の子・孫へ財産を贈与する際、累計2,500万円まで贈与税がかからないという仕組みです。一見すると非常に魅力的で、「早めに財産を子どもに移しておこう」と考える方も少なくありません。
ところが、この制度を自宅の土地に使ってしまうと、取り返しのつかない落とし穴にはまることがあります。
小規模宅地等の特例が使えなくなる現実
多くの資産家にとって、財産の大部分を占めるのは自宅の土地です。
相続が発生した場合、自宅として使っていた土地には「小規模宅地等の特例」を適用できます。この特例を使うと、土地の評価額が最大80%も下がります。評価額2億円の土地なら、4,000万円まで圧縮できるのです。それだけで数千万円単位の節税効果があります。
ところが、相続時精算課税を使ってその土地を生前贈与してしまうと、この特例は適用できなくなります。小規模宅地等の特例は「相続で取得した土地」に対するものですから、生前贈与で渡してしまった土地には、そもそも出番がないのです。
1億円超の差が出る理由
具体的に試算してみましょう。
自宅の土地の評価額が2億円、相続税の実効税率が20〜30%のケースを想定します。小規模宅地等の特例を使えば、土地の評価額は4,000万円まで下がります。一方、相続時精算課税を選んでいると、2億円が相続時に持ち戻されて課税対象になります。
この差額1億6,000万円に実効税率が乗ると、相続税の差は1億円を超えることがあります。「2,500万円まで贈与税ゼロ」というメリットが、「最大80%評価減」という強力な特例を失うコストと、まったく釣り合わないのです。
一度選んだら、絶対に戻れない
さらに深刻なのは、相続時精算課税は一度選択すると取り消しができないことです。
「やっぱり暦年贈与に戻したい」と思っても、それはできません。年間110万円まで非課税で贈与できる暦年贈与も、相続時精算課税を選んだ相手との間ではもう使えません。制度を選んでから5年後、10年後に問題に気づいても、手の打ちようがない——これが最も怖い点です。
どんな場合に有効か
誤解しないでほしいのですが、相続時精算課税が「悪い制度」というわけではありません。
今後評価額が大きく上がりそうな非上場株式や事業用資産、あるいは自宅の土地以外の財産(自宅は小規模宅地等の特例で守りつつ、別の資産に使う)といったケースでは有効に機能することもあります。大切なのは「何に使うか」を慎重に見極めることです。
相続対策は「組み合わせ」と「順番」が命
相続税の対策は、一つの制度だけを見て「これがお得そう」と飛びつくのが最も危険です。
小規模宅地等の特例、暦年贈与、生命保険の活用、法人活用——それぞれに使える条件があり、どれを選ぶかで他の対策への影響が変わります。特に相続時精算課税は「一方通行」の制度ですから、選んだ後に後悔しても取り返しがつきません。
まだ相続対策を本格的に始めていないという社長は、少なくとも「自宅の土地に相続時精算課税を使わない」ことだけは頭に入れておいてください。そして実際に動く前には、必ず信頼できる税理士に相談することをおすすめします。対策の効果は、組み合わせと順番次第で何千万円も変わってくるものです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。