先日、製造業を40年営んできた社長からこんな相談を受けました。

「会社を後継者に譲渡して、退職金を1億円受け取ったんだけど、付き合いのある銀行から『今だけの特別な商品がある』と言われて……」

話を聞いていくと、すでに5,000万円を仕組み債に投じていました。「元本は保証される」と説明されたそうです。でも、私はそのとき冷や汗が止まりませんでした。

退職金は、多くの社長にとって人生最大の一時収入です。それだけに、受け取った瞬間から「嗅ぎつける人たち」が集まってきます。銀行、証券会社、保険会社、そして昔の知人まで。

今回は、退職金を受け取った社長が絶対に知っておくべき「3つの落とし穴」をお伝えします。

落とし穴① 仕組み債の「元本保証」という幻想

仕組み債とは、株価や為替などの指標に連動して元本が変動する金融商品です。「高利回り」「条件を満たせば元本保証」という謳い文句でよく売られています。

ここで問題になるのが、「条件」の複雑さです。

たとえば「対象株価が購入時の80%を下回らなければ年率5%の利回り保証」という商品があったとします。聞こえはいいですが、対象株が一度でも20%以上下落した場合、その後株価が回復しても元本が大幅に削られる仕組みになっているものが多い。

2022年の株価下落局面では、仕組み債で資産が半額以下になった事例が多数報告されました。「1億円が4,000万円になった」という社長も、決して珍しくありません。しかも手数料は商品の設計に組み込まれているため、パンフレットには一切見えない。「高利回り」の裏に、こうした構造が隠されています。

落とし穴② 変額保険の「節税になる」という罠

次によく持ちかけられるのが変額保険です。「生命保険料控除が使えて節税になる」「運用益が非課税で増える」というセールストークが定番です。

確かに、節税効果がまったくゼロというわけではありません。でも見落とされがちなのが、手数料の重さです。

変額保険では、毎月の保険料から「保険関係費用」として一定割合が引かれます。年率で1〜3%前後かかる商品が多く、1億円を運用した場合、年間100〜300万円が手数料として消えていく計算になります。10年で1,000〜3,000万円。それだけの手数料を払いながら「節税になった」と喜んでいた社長が、結果的に損をしていたケースは珍しくありません。

さらに、途中解約すると「解約控除」がかかって元本割れするリスクも抱えます。「長期で持てば大丈夫」と言われますが、10年後・20年後の自分の状況を完全に読める人はいません。

落とし穴③ 知人からの「絶対に儲かる話」

三つ目が、実は最も危険かもしれません。

銀行や証券会社は、少なくとも金融庁の監督下にあります。でも、古い友人や元取引先からの「確実な話」には、そうした歯止めがありません。

「知り合いだから大丈夫」「長年の信頼関係があるから」——この心理的安心感こそが、詐欺被害の最大の温床です。海外不動産、仮想通貨、未公開株への投資話は特に注意が必要です。「退職金が入った」という情報は、思いのほか広まりやすい。信頼できる人からの紹介であっても、専門家のチェックなしに動くのは禁物です。

警視庁のデータによると、退職金世代(60代)は投資詐欺被害の最大のターゲット層です。1億円を持っている社長なら、狙われる金額もそれ相応に大きくなります。

退職金は「増やす」より「守る」が大原則

退職金運用の鉄則はシンプルです。「増やすより、守ること」。

社長は長年のビジネス経験から「リターンを追う」思考が身についています。でも退職金は、失ったら再び稼ぐ場がない、一発勝負の資金です。

最も効果的な防御策は、退職金を受け取る「前」に相談窓口を決めておくことです。銀行や証券会社は商品販売で利益を得ているため、中立な立場とは言いにくい。利益相反のない独立系FPや、資産防衛に詳しい税理士を、事前に確保しておく。

「受け取ってから考える」では、その瞬間から勧誘攻勢が始まります。「すでに相談している専門家がいる」という状態で受け取るのが、最大の盾になります。

まだ退職後の資金設計について専門家と話せていない方は、退職の1〜2年前から動き始めることを強くお勧めします。準備の余裕が、あなたの資産を守る最大の武器になります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。