先日、製造業を営む60代の社長から、こんな相談を受けました。
「15年間、役員報酬を1000万円で設定してきたんだけど、これって本当に正解なの?」
同じ疑問を持っている社長は、実はとても多いんです。「報酬は高い方が得」という感覚は自然ですが、これが大きな落とし穴になっていることがあります。
役員報酬1000万、本当にお得ですか?
試算をしてみると、衝撃の数字が出てきました。
役員報酬1000万円の場合、給与所得控除や各種控除を差し引いても、所得税と住民税の実効税率は30〜35%程度に達することがあります。手取りに換算すると、650万〜700万円前後というケースも珍しくありません。
一方、役員報酬を800万円に下げて差額の200万円を法人に残した場合はどうなるか。ここに節税の本丸があります。
退職金として受け取ると、税負担がまるで変わる
法人に残した資金を退職金原資として積み立てていく。これが長期的な節税設計の核心です。
退職金には「退職所得控除」という強力な制度があります。勤続年数20年超の場合、1年あたり70万円の控除が受けられます。30年勤務なら最大1500万円超の控除枠が生まれる計算です。
さらに退職所得には「2分の1課税」の恩恵もあります。給与として毎年受け取るのと比べると、同じ金額でも課税される額が劇的に変わるんです。
社会保険料はどちらも変わらない?
「社会保険料はどうなるの?」という質問もよく受けます。
厚生年金保険料には標準報酬月額の上限(月額65万円)があります。月収が一定以上であれば全員同じ上限保険料になるため、年収800万円でも1000万円でも厚生年金の負担額は変わりません。
ただし健康保険料は話が別です。組合や協会けんぽによって上限が異なり、報酬が高いほど保険料も上がる設計になっています。800万円に抑えることで健康保険料を削減できるケースもあります。
15年分の積み重なった差額を計算してみた
冒頭の社長のケースに戻りましょう。
毎年200万円を給与として受け取り続けた場合、所得税率33%以上の方であれば、毎年60〜70万円が税金に消えていきます。15年間で積み上がると、900万円〜1050万円が税として支払われる計算です。
一方、同じ3000万円を退職金として受け取った場合はどうでしょうか。退職所得控除と2分の1課税の組み合わせで、課税対象額は大幅に圧縮されます。実質的な税負担率が10%台に収まるケースも珍しくありません。
同じ3000万円でも、受け取り方によって数百万円単位で手取りが変わる。これが15年間気づかれなかった事実でした。
ただし、設計は慎重に
もちろん、単純に「低い方がいい」という話ではありません。
役員報酬を下げすぎると、個人の生活費を賄えなくなることもあります。また、役員報酬は期中に変更できない(定期同額給与の原則)というルールもあります。毎期の定時株主総会で決定したら、その期は原則として変更不可です。
退職金の積み立て方法(法人保険の活用、内部留保など)によっても最適解は変わってきます。一つひとつの手段ではなく、組み合わせ全体で設計することが重要です。
「最適額」は人によって違う
役員報酬の最適額は、一律に「800万円がベスト」という話ではありません。個人の生活費、会社の利益水準、退職時期の見通し、配偶者の所得状況——これらを総合的に考えて初めて、その社長にとっての最適解が見えてきます。
「なんとなく1000万円にしてきた」という社長は、一度税理士に試算を依頼してみてください。特に、会社設立から5〜10年以上経っている方は、退職金を見据えた役員報酬の組み直しを検討するタイミングに来ているかもしれません。
今期の決算が終わったら、来期の役員報酬設定と退職金設計をセットで税理士に相談してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。