先日、ある社長からこんな相談を受けました。
「3年前に父から相続した土地を売って、申告もちゃんと済ませたんですよ。なのに今頃になって税務調査の通知が来て…。いったい何が問題なんですか?」
電話口の声には、困惑と焦りが滲んでいました。申告を終えた時点で「これで一件落着」だと思っていたそうです。でも、話を聞いていくうちに、深刻な問題が浮かび上がってきました。
なぜ申告後に調査が来たのか
58歳の田中社長(仮名)は、父から相続した東京郊外の土地を3億円で売却しました。不動産業者や税理士のサポートを受けて申告も完了し、「これで出口戦略の準備が整った」と安堵していたそうです。
ところが3年後、税務署から調査の連絡が入ります。
問題になったのは「取得費の証明書類」でした。不動産の売却益(譲渡所得)は、「売却価格 − 取得費 − 譲渡費用」で計算します。取得費が大きければ課税所得が小さくなるため、取得費をどう証明するかは税額に直結する重要なポイントです。
父親が何十年も前に購入した土地。当時の売買契約書はおろか、購入価格を証明する書類が何も残っていませんでした。
「5%ルール」が適用されると何が起きるか
取得費が証明できない場合、税法には「概算取得費」という仕組みがあります。売却価格の5%を取得費とみなして計算するというルールです。
聞こえは悪くないかもしれませんが、実際の数字を当てはめると恐ろしいことになります。
3億円の5%は1500万円。これが「認められた取得費」です。つまり、3億円で売却して、課税所得は約2.8億円になる計算です。本来であればもっと高い取得費が認められていたはずですが、書類がない以上、税務署はその主張を認めません。
結果として、追徴税額は約2000万円に上りました。売却後も3年間、田中社長はずっとその「爆弾」を抱えていたことになります。
申告完了≠調査終了。5年間は続くリスク
「申告が終われば一段落」と思っている方も多いかと思います。しかし不動産の譲渡所得については、税務署は申告から5年間さかのぼって調査できます。
売却直後に調査が入ることは少なく、むしろ数年後に「異常値」として引っかかるケースが少なくありません。田中社長のケースも、売却後3年目のタイミングでした。
「もう時間が経ったし大丈夫だろう」という油断が、最も危険な状態です。特に取得費の証明が不十分なまま申告しているケースは、調査で指摘されたときに手の打ちようがなくなります。
相続不動産を持つ社長が今すぐやるべきこと
対策はシンプルです。「親が元気なうちに、不動産の取得書類を確認・整理しておく」こと、これに尽きます。
具体的に確認しておきたい書類は次のとおりです。
- 購入時の売買契約書
- 購入時の領収書・振込記録
- 登記申請書や登録免許税の領収書
- 固定資産税の課税明細書(年代が確認できるもの)
これらがあれば、実際の取得費を証明できる可能性が格段に上がります。逆に、親が亡くなった後に探し始めると、書類が見当たらないまま売却に踏み切らざるを得ないケースが増えます。
もう一点補足しておくと、相続開始後3年10ヶ月以内に売却した場合は「取得費加算の特例」が使えます。支払った相続税の一部を取得費に上乗せできる制度で、これを活用するかどうかで税額が大きく変わることもあります。売却のタイミングを検討する際は、この特例も忘れずに確認してください。
出口戦略は「売る前」から始まっている
不動産の出口戦略というと、「いつ、いくらで売るか」に目が行きがちです。でも実際には、何十年も前の取得書類があるかどうか、そのことが3億円の売却後の手取り額を左右することがあります。
「まさかそんな書類が必要になるとは思わなかった」という方を、何人も見てきました。準備できるのは今のうちだけです。
もし親御さん名義の不動産を将来的に売却する可能性があるなら、今のうちに書類の所在を確認しておくことをおすすめします。一本の電話、一度の書類整理が、将来の2000万円を守ることにつながるかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。