先日、製造業を25年経営してきた田中社長(仮名)から、こんな連絡が届きました。「引退前に法人保険を解約して2000万円を受け取ったのに、税務調査の通知が来た」と。
田中社長は「積み立ててきたお金を引き出しただけだから、何も問題ないはずだ」と思っていたそうです。でも、この考え方が大きな落とし穴でした。
解約返戻金は「利益」として扱われる
法人保険の解約返戻金は、単純に「積み立てたお金の引き出し」ではありません。
正確には、受け取った解約返戻金から保険料の資産計上額(簿価)を差し引いた差額が、益金として法人の利益に加算されます。これが課税の対象になります。
田中社長のケースで考えてみましょう。2000万円の解約返戻金を受け取ったとして、帳簿上の簿価が200万円だったとします。差額の1800万円が益金算入され、実効税率30%で計算すると540万円の追加法人税が発生します。諸々の付随コストを含めると、600万円近い税負担になることもあります。
「積み立てたはずのお金なのに、受け取りの3割近くが税金に?」と驚く社長は少なくありません。でも、これが現実です。
なぜ税務署はすぐ気づくのか
もう一つ重要なのが、税務署が解約の事実を自動的に把握しているという点です。
保険会社は法定調書として、解約返戻金の支払い情報を税務署に提出する義務があります。つまり「あの法人が保険を解約して2000万円を受け取った」という情報は、申告しなくても税務署にすでに届いているのです。
田中社長に調査が来たのは、何か怪しいことをしたからではありません。法人保険の解約という事実が、制度の仕組み上、税務署のレーダーに引っかかるようになっているだけです。知らなかったでは済まされないのが、税の世界です。
2019年通達改正が変えた「節税」の意味
2019年の国税庁通達改正によって、法人保険の位置づけは大きく変わりました。
改正前は「保険料を全額損金に落とせる=節税になる」と言われていました。しかし現在では、「課税を先送りする商品」という理解が正確です。支払い時に損金算入した保険料は、解約した年度に益金として戻ってくる。税金の総額は変わらず、タイミングが変わるだけ。むしろ出口の処理を誤れば、当初の想定より税負担が重くなることさえあります。
「節税のために入った保険で、かえって損をした」という事態は、こうして生まれます。
危ないのは「出口を考えずに入った保険」
問題が起きやすいのは、保険加入時に出口戦略を考えていなかったケースです。
「節税になると聞いたから」という理由で加入し、引退や資金需要のタイミングで解約する。このとき税務的な処理を事前に相談していないと、田中社長のような事態になります。
解約の益金を相殺するには、同じタイミングで損金を作る必要があります。役員退職金の支払い、設備投資の前倒し、修繕費の計上といった選択肢がありますが、どれも計画性が必要です。「解約してから慌てて探す」では、手遅れになることがほとんどです。
解約前に必ず確認しておくこと
法人保険の解約を検討している社長は、少なくとも次の点を税理士と一緒に整理しておいてください。
- 解約返戻金と帳簿上の簿価の差額はいくらか
- 当期の利益水準と追加税負担の概算額
- 益金を相殺できる損金項目があるか
- 資金需要のタイミングと税務処理のタイミングが合っているか
これらを確認せずに解約すると、田中社長のように「受け取ったはずの2000万円が、気づけば手元に1400万円しか残らなかった」という結末になりかねません。
法人保険の出口をまだ設計できていないなら、解約を決める前に必ず顧問税理士に相談してください。課税タイミングを適切にコントロールするだけで、数百万円規模の差が生まれることは珍しくありません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。