先日、事業承継の相談に同席した税理士の先生から、こんな実話を聞きました。
愛知県で製造業を30年以上営んできた65歳のオーナー社長。業績も安定していて、地元では信頼の厚いベテランでした。「会社を長男に継がせたい」という思いから、全株式を長男に遺贈する遺言書もきちんと作っていたそうです。準備万端、のはずでした。
ところが社長が急逝したあと、長男のもとに届いたのは「相続完了のお知らせ」ではなく、想像を絶する金額の納税通知書でした。
株は受け取った。でも現金がない
会社の自社株評価額は1億円。長年かけて積み上げてきた会社の価値が、そのまま相続財産として評価されたのです。
問題は、非上場の株式には市場がないということです。上場企業の株なら証券口座で売って現金化できますが、中小企業の株式はそうはいきません。長男が受け取ったのは「1億円分の株式という権利」であって、現金ではない。
しかし相続税は、原則として現金で納めなければなりません。手元の資産では到底足りない。会社の業績は安定していても、個人として持っている現金には限りがあります。
突きつけられた、二つの選択肢
この状況で長男に残された道は、大きく二つでした。
一つは、会社を担保に金融機関から借り入れること。もう一つは、株式の一部を手放すこと——つまり事実上の事業承継の失敗です。
父親が「息子に継がせたい」と願い、遺言書まで残して準備していたはずの会社が、相続税の納税のために手放される可能性が出てきた。そんな皮肉な結末が、現実に起きるのです。
相続税の最高税率は55%——自社株は「評価が高いのに売れない」
相続税には基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)があり、誰でもかかるわけではありません。ただし自社株評価が1億円を超えてくると、税率の累進が効いて数千万円規模の税負担が発生するケースは珍しくありません。最高税率は55%です。
さらに自社株には「評価が高いのに売れない」という二重苦があります。業績が上がるほど株価評価も上がり、相続税の負担が増す。これが事業承継における最大の落とし穴です。
生前にできた対策は、複数あった
この社長が生前に動いていれば、取れる選択肢はいくつかありました。
株価評価を下げる
自社株の評価額は、会社の利益水準・純資産・業種別の比準値などで決まります。役員報酬の見直し、含み損資産の整理、適切な設備投資のタイミングなど、経営判断の中で合法的に評価を引き下げることが可能です。
生前贈与で少しずつ渡す
年間110万円の基礎控除枠を活用しながら、毎年少しずつ株式を子に移していく方法があります。10年で1,100万円分を非課税で動かせる計算です。時間はかかりますが、相続財産の圧縮効果は着実です。
事業承継税制(納税猶予)を活用する
要件を満たせば、後継者が自社株を受け継ぐ際の相続税・贈与税の全額猶予が認められる制度があります。特例措置の申請期限は2027年3月末とされているため、検討しているなら早めに動く必要があります。
「まだ元気だから」が最も危ない
相続対策の厄介なところは、生きている間にしか手が打てないことです。
亡くなったあとに「あのとき株価を下げておけば」「少しずつ贈与しておけば」と後悔しても、選択肢はゼロです。特に自社株の評価が高いオーナー社長ほど、早めに動くことが重要になります。
まず、自社株の評価額が今いくらになっているか、顧問税理士に確認してみてください。それだけで対策の優先度はがらりと変わるはずです。長男に泣かせないために、動き始めるなら今です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。