先日、創業30年を超える製造業の社長からこんな相談を受けました。

「そろそろ退職金の準備を本格的にしようと思っているんですが、改正が入ると聞いて……どう動けばいいでしょうか」

その問いに対して、私は「急いでください」と答えました。

今、退職所得控除の制度がギリギリのところで揺れています。何もしないうちにあなたの退職金設計から300万円が消えてしまうかもしれない。大げさに聞こえるかもしれませんが、これは現実の話です。

現行制度の「破壊的な節税力」を知っていますか

退職金にかかる税金は、普通の給与所得と比べて別格の優遇が受けられます。その中核にあるのが「退職所得控除」という非課税枠です。

現行ルールでは、勤続20年以下は1年あたり40万円の控除。ところが21年目以降は一気に70万円に跳ね上がります。この「20年超優遇」が、長く会社を経営してきた社長にとって絶大な効果を発揮します。

勤続35年の社長で計算してみましょう。800万円(20年分)+70万円×15年=1,850万円が非課税枠になります。退職金が2,000万円であれば、実際に課税されるのは150万円だけ。これが今の制度の現実です。

政府が「20年超優遇」の縮小を検討している

ところが、政府の税制調査会はこの優遇部分にメスを入れようとしています。「転職が当たり前の時代に、長期勤続だけを優遇する制度は時代遅れ」という議論です。

具体的には、勤続年数による加算を縮小する方向で検討が進んでいます。現行の「20年超は70万円/年」という特別加算が廃止または圧縮されるイメージです。

先ほどの勤続35年のケースで試算すると、改正後の控除額は1,550万円程度になる可能性があります。現行との差額は300万円。この300万円が新たに課税対象となり、退職所得の税率をかければ、数十万円単位の増税になります。

「決まってから動く」では間に合わない

「いつ改正されるの?」という問いに、正直なところ断言はできません。税制調査会の議論は2026年の改正に向けて進んでいますが、最終的な結論はまだ出ていません。

ただ、税制改正というのは決まってから動いても遅いのが常です。退職金の準備には時間がかかります。生命保険の加入・変更、役員退職金規程の整備、役員報酬とのバランス設計——これらを整えるには、最低でも数年単位の視点が必要です。

よく聞く失敗パターンが、「退職金を増やしたくて役員報酬を下げた結果、個人の生活資金が足りなくなった」というもの。退職金と役員報酬は連動しているので、どちらか一方だけを最適化しても意味がありません。全体の税負担を見渡した設計が不可欠です。

今期中に確認しておくべきこと

全部を一気に動かせなくても、まず現状把握から始めましょう。

退職金規程が存在するか確認する。役員退職金は「不相当に高額でないこと」が法人税法上の要件で、功績倍率法(最終報酬月額×勤続年数×功績倍率)に基づく規程がなければ税務調査のリスクになります。まだ整備していない会社は今すぐ作ることを検討してください。

現時点での控除額をシミュレーションする。現在の勤続年数で退職した場合、現行制度と改正後でいくら違うかを試算しておくだけで、退職時期の判断に使える材料になります。

小規模企業共済の加入・増額を検討する。掛金が全額所得控除になり、受け取り時も退職所得として扱われるこの制度は、退職金財源として最強の手段の一つです。月7万円が上限なので、早く始めるほど効果が大きくなります。

設計の差が、最終的な手残りを何百万円も変える

退職金の節税は、退職金だけを切り取って考えても正解にはたどり着けません。在職中の役員報酬、退職のタイミング、各種保険や共済の活用、相続対策との兼ね合い——すべてがつながっています。

今のルールが続く保証はありません。しかし、今のルールが使えるうちに最大限の準備をしておくことはできます。

退職金設計をまだ本格的に考えていない社長がいれば、ぜひ今期中に担当の税理士に「退職金の設計を見直したい」と一声かけてみてください。「あのとき動いておいて良かった」と思える日が、きっと来ます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。