先日、70代の社長からこんな相談を受けました。「もうすぐ息子に会社を譲るつもりなんだけど、最後に何か節税できることはないかな」と。
そのとき私が真っ先に聞いたのは「旅費規程、ありますか?」でした。「いや、ないけど…それ関係ある?」という顔をされましたが、大いに関係あります。引退を意識し始めたときこそ、退職金の積み立てだけに目を向けるのはもったいない。日常のオペレーションの中に、まだ手をつけていない節税の余地が残っています。
うまく組み合わせれば、年間500万円を超える節税が視野に入ってきます。
3位:役員人間ドック
まずは取り組みやすいところから。役員の健康診断、いわゆる高度な「人間ドック」を会社負担にするという施策です。
通常の定期健診であれば費用はわずかですが、役員クラスになるとPET検査やMRI精密検査を含む総合ドックを選択できます。1回あたり20〜50万円のコースも珍しくなく、年1〜2回受診するだけで50〜100万円の経費計上が可能です。法人税率30%前後で換算すると、年15〜35万円の節税効果が目安になります。
ひとつ注意しておきたいのは「業務関連性」の明確化です。あくまで役員本人の健康管理が目的であることを社内規程に明記しておくこと。ご家族の検診まで会社負担にしようとするのはNGです。そこだけ気をつければ、比較的シンプルに実行できる施策です。
2位:役員社宅
節税金額で一気にランクが上がるのがこちらです。会社名義で物件を借り上げ、役員が居住する「役員社宅」の仕組みです。
ポイントは税法上の「賃貸料相当額」という計算式にあります。この計算式で算出した金額だけを役員が会社に支払えば、残りの家賃は全額会社の経費になります。
具体的なイメージで言うと、月30万円のマンションに住んでいる場合、法定計算式で算出した賃貸料相当額が月5万円だとすると、役員の自己負担は月5万円だけ。差額の月25万円は会社が負担し、そのまま損金に算入されます。年間にすれば300万円が経費化できる計算です。所得税・住民税を合わせた実効税率が50%近い高所得役員なら、年150万円前後の節税効果が期待できます。
ただし「豪華社宅」に該当すると現物給与として課税されるケースがあります。賃貸料相当額の計算は固定資産税評価額をベースにするため、必ず税理士に計算してもらった上で進めてください。
1位:旅費規程による出張日当
税負担がゼロで手取りをキープできる、これが最強の施策です。
多くの中小企業では「出張時は交通費と宿泊費を実費精算」というルールで止まっています。しかし旅費規程を整備すれば、実費精算に加えて「出張日当」という名目で会社からお金を受け取ることができます。
この日当、所得税の課税対象になりません。役員報酬と違って社会保険料もかかりません。会社側は損金として計上できます。つまり「会社は経費になる、役員は非課税で受け取れる」という二重のメリットがあります。役員報酬を抑えながら手取りをキープするための、数少ない合法的な手段のひとつです。
日当の金額は社内規程で設定できますが、世間相場から逸脱した高額は問題になります。社長クラスであれば国内出張で日当5,000〜1万円、海外出張で2万〜3万円程度が一般的な水準です。月に数回出張があれば、年間数十万円単位の節税につながります。
3つ合わせると、こういう絵が描けます
- 役員人間ドック:年50〜100万円の経費(節税額15〜35万円)
- 役員社宅:年200〜300万円の経費(節税額100〜150万円)
- 出張日当:年100〜200万円の非課税受取
組み合わせ次第で、年500万円を超える節税が現実的な射程に入ってきます。退職金の積み立てと並行してこれらを活用していくのが、引退前の王道パターンです。
「規程の整備」が先、というのが肝心
これら3つに共通するのは、実行するための社内整備が必要だという点です。
役員人間ドックは会社の業務規程に明記する。役員社宅は会社名義での賃貸契約と賃貸料相当額の算定書類を用意する。旅費規程は出張の定義・対象者・日当金額を定めた文書を作成し、取締役会で承認する。
いずれも「あとからやっておいた」という後付けは通用しません。決算直前に慌てて作成した旅費規程は、税務調査で否認されるリスクが高まります。引退の時期が見えてきたなら、今期中に着手することをおすすめします。
まだ旅費規程も役員社宅も整備していないなら、顧問税理士に「引退前の節税対策を棚卸ししたい」と相談してみてください。やるべきことがいくつも出てくるはずです。引退後に「あのとき動いておけば」と後悔する前に、使えるものは使い切りましょう。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。