先日、顧問税理士を通じてこんな話を聞きました。長年会社を経営してきたある社長が、退任の際に2000万円の退職金を支給したところ、翌年の税務調査で「不相当に高額」と指摘され、全額を損金否認されてしまったというケースです。
社長本人は「これだけ会社のために尽くしてきたんだから、これくらい当然だ」と思っていた。でも税務署の判断は違いました。
なぜこんなことが起きたのか。答えはシンプルです。退職金規程がなかったからです。
税務署が退職金を否認する「たった一つの理由」
退職金は、法人税法上「不相当に高額な部分の金額は損金に算入しない」というルールがあります。問題は、「不相当に高額かどうか」をどう判断するかです。
税務署が使う計算式が、いわゆる「功績倍率方式」と呼ばれるものです。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率 = 適正退職金額
この功績倍率、実務上は3.0以下であれば税務調査でも否認されにくいとされています。ただしこれはあくまで目安。重要なのは、この計算式を適用するための根拠が会社の規程として存在するかどうかです。
規程がなければ、計算根拠がありません。計算根拠がなければ、いくら「功績倍率3.0で計算した」と主張しても、税務署は「はい、そうですか」とは言ってくれないのです。
2000万円が全額否認される仕組み
退職金規程がない状態で退職金を支給すると、税務調査の場で「この金額はどういう根拠で決めましたか?」という質問に答えられません。
「長年貢献してくれたから」「他社の相場を参考にした」「役員会で決議した」——どれも、税務署の追及に対する正式な根拠にはなりません。
規程がなければ、功績倍率を算定する基礎すら存在しない。その結果、全額が「不相当に高額」として損金否認される可能性が出てくるわけです。
法人税率を約30%とすると、2000万円が全額否認された場合の追徴税額は概算で600万円前後。さらに延滞税や加算税が乗ってくれば、700万円以上のダメージになることも珍しくありません。
見落とされがちな「退職所得控除」という特権
退職金には、ほかの所得にはない破格の優遇税制があります。それが退職所得控除です。
勤続年数20年以下の部分は1年あたり40万円、20年を超えた部分は1年あたり70万円が非課税になります。勤続30年の社長であれば「40万円×20年+70万円×10年=1500万円」が丸ごと非課税です。
さらに1500万円を超えた部分も、退職所得は2分の1課税という優遇が受けられます。毎月の役員報酬と比較すると、いかに有利な課税区分かがわかるはずです。
ただし、この恩恵を最大限に活かすためにも、退職金規程が整備されていることが前提条件です。根拠のない退職金支給では、この節税メリットごと否定されかねません。
退職金規程を「いつ」作るかが致命的に重要
「うちはまだ先の話だから」と後回しにしている社長は多いです。でも退職金規程は、退任の直前に慌てて作っても意味がありません。
税務署は、規程の作成日・役員会議事録の日付・実際の支給時期を照合します。退任直前に作られた規程は、それだけで「計画的な税逃れ」の疑いをかけられやすい。
規程は、現役のうちに、余裕を持って整備しておくものです。盛り込む最低限の要素は次のとおりです。
- 対象者の範囲(役員・従業員それぞれ)
- 計算方法(功績倍率方式かそれ以外か)
- 支給時期と手続きの流れ
- 役員会・株主総会での決議方法
これらをきちんと定め、実際の運用にも反映させておくことが、将来の否認リスクを最小化する最大の防衛策になります。
まず「規程がある状態」をつくることが全ての出発点
退職金は、社長が会社に貢献してきた集大成の報酬です。それを守るための規程整備は、今期中に着手しておくことを強くおすすめします。
「うちの会社は退職金規程があるか?」——まずそこから確認してみてください。なければ、今が整備のタイミングです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。