先日、年商3億円の建設会社を経営する社長から、こんな相談を受けました。「役員報酬って、できるだけ高く設定した方が会社の税金が減るんですよね?」
実はこれ、半分正解で半分間違いです。たしかに役員報酬を高くすれば法人の課税所得は減ります。でも同時に、個人の所得税と社会保険料が増えていく。3つのコストを合算してはじめて「本当の手取り」が見えてくるんです。
3つのコストが綱引きしている
法人税、所得税、社会保険料。この3つは、役員報酬の額によって逆方向に動きます。
報酬を上げると法人税は減りますが、個人の所得税・住民税が増え、社会保険料の負担も増加します。報酬を下げると逆のことが起きる。だから、この3つの合算が最小になるポイント——それが「最適額」です。
顧問税理士がいても、なぜかこの話をしてくれない会社は少なくありません。試算に手間がかかるわりに、追加報酬として請求しにくい作業だからです。でも知っているかどうかで、年間の手取りが大きく変わる話なので、ぜひ頭に入れておいてください。
月120万→月80万で年60万円の差
具体的な数字で見てみましょう。役員報酬が月120万円(年収1,440万円)のケースで、月80万円(年収960万円)に下げた場合を試算します。
注目すべきは、社会保険料の仕組みです。厚生年金には標準報酬月額65万円という上限があります。それを超えると、何円もらっても厚生年金保険料は変わらない。
ところが健康保険には、この種の上限がありません。月収120万円と月収80万円では標準報酬月額の区分が異なり、その差は健康保険料に直撃します。会社・個人の負担を合算すると、健康保険料の差額だけで年間60万円近くなるケースがあります。
年60万円は月5万円の差です。役員報酬の設定を変えるだけで毎月5万円が手元に残るなら、試算しない理由はないと思いませんか。
計算式の考え方
役員報酬を1円下げたとき、会社と個人にそれぞれどんな影響が出るかを比較します。
会社側:役員報酬を下げると法人の課税所得が増えます。法人税等の実効税率は、課税所得800万円超で約34%です。報酬を100万円下げると、法人税が約34万円増えるイメージです。
個人側:所得が100万円減ると、所得税と住民税が軽くなります。この「軽くなる額」は個人の限界税率によって変わります。課税所得が900万円超なら所得税33%+住民税10%で実質43%、700〜900万円なら23%+10%で33%です。
つまり、個人の限界税率が法人実効税率(約34%)を超えているなら、報酬を下げることで税の合計は減る方向に動きます。ここに社会保険料の削減効果が加わると、さらに有利になる。反対に限界税率が法人税率より低い場合は、報酬を下げても節税効果が薄れます。
どちらが有利かは年収・法人規模・地域の健康保険料率によって変わるため、個別の試算が不可欠です。
変更できるのは年に一度だけ
役員報酬には「定期同額給与」というルールがあります。原則として、期首から3か月以内に決めた報酬を1年間変えてはならないというものです。
3月決算の会社なら、変更できる窓口は4〜6月のみ。この期間を逃すと、原則として次の期首まで待たなければなりません。
「来期から考えよう」と先送りしているうちに、また1年が過ぎます。今まさに変更できるタイミングにいるなら、今期中に動いてください。
将来の年金にも注意
報酬を下げる前に確認しておきたいのが、将来の厚生年金への影響です。
厚生年金の受取額は現役時代の標準報酬月額に連動します。65万円以上の部分は年金額が変わらないので、月収120万→80万の調整なら基本的に影響しません。ただし、標準報酬月額が65万円を下回るラインまで下げる場合は、将来の受取額が減ることも念頭に置いてください。
また、役員報酬は毎月の生活費の原資でもあります。数字上の最適解を追うあまり、手元のキャッシュが不足するようでは本末転倒です。節税効果と生活設計の両面で判断することが大切です。
まだ一度も役員報酬の最適額を試算していないなら、次の税理士との打ち合わせで「社保と税金を合算した試算をしてほしい」と伝えてみてください。たった一本の相談が、年間の手取りを変えるかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。