先日、製造業を営む社長(年商2億円)からこんな連絡が来ました。
「今年も報酬、去年と同じにしておきます。変えると面倒くさいので」
その会社は3月決算。メッセージが届いたのは6月の末でした。私は少し考えてから、こう返しました。
「今年は、もう変えられないですね」
役員報酬を変えられるのは、1年に一度だけ
税法上、役員報酬を経費(損金)として認めてもらうには「定期同額給与」の条件を満たす必要があります。これは簡単に言うと、「1年間、毎月同じ金額を払いつづける」というルールです。
変更が認められるのは、事業年度開始から3ヶ月以内のみ。3月決算の会社であれば4月・5月・6月が唯一のチャンスです。
このウィンドウを逃すと、よほど業績が悪化した場合などの例外を除き、年度途中の変更は税務上認められません。「来月から増やそう」「下半期から減らそう」は通用しないのです。
「変えなかったとき」の損失を、3つのレイヤーで整理する
報酬の最適化を後回しにしたとき、損失はどこから生まれるのでしょうか。実は3つの入口があります。
法人税と所得税の「バランスポイント」を外れている
会社の利益が大きければ法人税がかかり、報酬を高くしすぎれば個人の所得税・住民税が重くなります。どちらも取られすぎない「ちょうどいいライン」が存在するのですが、このバランスが崩れると法人・個人を合算して年間100万円以上の余計な税負担が生まれるケースがあります。
「なんとなく去年と同じにした」という選択が、毎年100万円の無駄税を静かに生み出しているとしたら、10年では1,000万円の話です。
退職金の計算式に「今の報酬」が直撃する
次に見落とされやすいのが、退職金への影響です。
役員退職金は「最終報酬月額 × 功績倍率 × 勤続年数」という計算式で算出されます。たとえば功績倍率3.0、勤続20年のケースで試算すると、月額報酬が50万円か60万円かで退職金の受取額は次のように変わります。
- 月50万円のまま → 50万 × 3.0 × 20年 = 3,000万円
- 月60万円に上げた場合 → 60万 × 3.0 × 20年 = 3,600万円
差額は600万円。今月の報酬10万円の差が、20年後に600万円の差として返ってくるのです。
「退職金はまだ先の話」と感じるかもしれませんが、最終報酬月額は引退直前に急いで変えるものではありません。何年もかけて、少しずつ設計していくものです。
月17万の最適化ミスが年200万の損失になる
法人税・所得税のバランスと退職金設計を合わせて考えると、毎月の「あるべき報酬額」との乖離が17万円程度ある社長は決して珍しくありません。
月17万円 × 12ヶ月 = 年間204万円のロス。
これが毎年3ヶ月のウィンドウを素通りするたびに積み重なっていきます。
「去年と同じ」は思考停止のサイン
誤解してほしくないのですが、報酬を「上げる」ことが常に正解なわけではありません。今期の業績見通し、来期の設備投資計画、退職金の設計方針、個人の生活費——これらを総合的に判断して「今年の最適な報酬額」を決めるのが正しいアプローチです。
でも、その検討すらしないまま「去年と同じでいいや」と流してしまうのは、年に一度の大切な意思決定を丸ごと放棄しているのと同じです。
4月はその機会を使えるタイミング。決算が終わって少し気が抜ける時期だからこそ、意識的に「役員報酬の見直し」をスケジュールに組み込んでほしいのです。
今年の期限が近いなら、今すぐ動く
3月決算の会社なら、6月末が役員報酬変更の期限です。まだ4月・5月であれば、顧問税理士に相談する時間は十分あります。
話し合うべきポイントはシンプルです。
- 今期の利益着地の見通しと、法人税の予測額
- 個人の所得税・住民税の今年の負担感
- 将来の退職金設計と、現在の報酬水準との整合性
この3点を30分話すだけで、数十万〜数百万円の判断が変わることがあります。4月・5月・6月の3ヶ月間は、毎年必ず訪れる節税の窓口です。今年も素通りしてしまう前に、カレンダーに「役員報酬の見直し相談」を入れてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。