先日、愛知県で製造業を営む65歳の社長とお話しする機会がありました。30年かけて会社を育て上げ、満を持して退職金3000万円を受け取ったのですが、「税金でずいぶん持っていかれた」と苦い顔をされていました。
聞けば、受け取り方を深く考えずに手続きを進めてしまい、結果として約800万円を税金として納めることになったとのこと。「もう少し早く知っていれば」という言葉が、ずっと頭に残っています。
退職金は、会社員や経営者が長年働いた集大成です。その受け取り方を少し工夫するだけで、手取りが500万円以上変わることがある——今日はそのことをお伝えしたいと思います。
退職金には特別な優遇制度がある
まず知っておいていただきたいのが、「退職所得控除」という制度です。退職金は給与とは別の「退職所得」として扱われ、通常の所得よりもかなり有利な課税ルールが適用されます。
控除額の計算式はシンプルで、勤続年数が20年以下なら1年あたり40万円、20年超の部分は1年あたり70万円が非課税になります。たとえば勤続30年の場合、800万円+70万円×10年=1500万円が控除されます。3000万円の退職金なら、まず1500万円が丸ごと非課税になるわけです。
さらに優れているのが「2分の1課税」のルール。控除を引いた残り1500万円に対しても、課税対象はその半分の750万円だけ。つまり3000万円受け取っても、税金がかかるのは750万円分だけという計算になります。これは給与や事業所得と比べると、破格の優遇です。
「一括か分割か」で税負担は大きく変わる
ここで重要なのが、退職金を一括で受け取るか、分割で受け取るかという選択です。
一括受け取りであれば、上で説明した退職所得控除と2分の1課税がフルに適用されます。先ほどの例でいえば、課税対象は750万円。これに所得税・住民税がかかっても、手取りは相当大きく残ります。
一方、分割受け取り(年金形式)を選んだ場合はどうなるか。この場合は「雑所得」として扱われ、公的年金や他の収入と合算して課税されます。退職後も役員報酬や不動産収入がある社長の場合、合算された所得が高くなり、税率が跳ね上がることが珍しくありません。
同じ3000万円を受け取るのに、一括なら手取り2500万円超、分割なら手取りが2000万円を下回る——そんな差が生まれることも十分あり得ます。
社長が特に注意すべきポイント
会社員と違い、オーナー経営者には気をつけるべき追加の論点があります。
ひとつは、退職の「実態」が伴っているかどうかです。名目上は退職でも、実際には引き続き経営に関与している場合、退職金の損金算入が否認されるリスクがあります。税務調査で問題になるケースもあるため、退職の実態をきちんと整えておくことが大切です。
もうひとつは、退職金の「適正額」の問題です。役員退職金は「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率」で計算するのが一般的ですが、この水準を大きく超えると過大退職金として否認される可能性があります。事前に顧問税理士と金額の根拠を整理しておくことをおすすめします。
また、2022年度の税制改正により、「退職金を受け取った後5年以内に同じ会社から退職金を受け取る場合」には控除の計算方法が変わるルールが導入されています。役員退職と従業員退職を時期をずらして受け取るケースでは、この点も必ず確認してください。
引退設計は「早めに着手する」が鉄則
退職金の受け取り方は、引退の直前に慌てて考えるものではありません。退職時期、役員報酬の水準、退職金の原資となる保険の設計など、複数の要素が絡み合っています。理想的には、引退の3〜5年前から「出口戦略」として逆算して準備を進めるのがベストです。
冒頭の田中社長も「もっと早く相談していれば」とおっしゃっていました。その一言が、私がこの話を書こうと思った理由です。
まだ引退設計を具体的に考えていない社長は、ぜひ今期中に一度、顧問税理士と「退職金シミュレーション」をしてみてください。数字を見るだけで、やるべきことが驚くほど明確になりますよ。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。