先日、製造業を経営する60代の社長からこんな相談を受けました。

「毎年3,000万円の役員報酬をもらっているんだけど、税金を引かれると手元に残るのが半分ちょっとなんだよね。なんとかならないかな」

この悩み、実はかなり多くの社長が抱えています。日本の所得税は累進課税ですから、高額な役員報酬を受け取れば受け取るほど、税率がどんどん上がっていく。所得税と住民税を合わせると、3,000万円クラスでは実に55%近くが税金に消えていくんです。


給料でもらい続けることの「見えないコスト」

年収3,000万円と聞けば、多くの人が「十分すぎるほどじゃないか」と思うかもしれません。でも社長の立場から見ると、話は少し変わります。

税引き後の手取りは約1,350万円前後。会社が支払った報酬総額の半分以下しか社長の手元に届いていないわけです。これを10年続けると、税金だけで1億円以上を国に納めている計算になります。

「それが当たり前でしょ」と思っていたとしたら、少し立ち止まってみてください。実は、受け取り方を工夫するだけで、この状況を大きく変えられる可能性があります。


「税制適格ストックオプション」という選択肢

冒頭の田中社長(仮名)に顧問税理士が提案したのが、税制適格ストックオプションの活用でした。

ストックオプションとは、あらかじめ決めた価格で自社株を買える権利のこと。「将来、1株1万円で買える権利を今日付与する」という仕組みです。

なぜこれが節税になるのか。ポイントは課税のタイミングと税率にあります。

通常の役員報酬は、受け取った瞬間に「給与所得」として最大55%の税率がかかります。一方、税制適格ストックオプションを使った場合、株式を売却するまで課税が繰り延べられ、売却時には「譲渡所得」として一律約20%の税率が適用されます。

同じ金額をもらうにしても、55%と20%では大違い。この差分が、そのまま節税効果になるわけです。


田中社長の場合、具体的にどうなったか

田中社長のケースでは、報酬の一部を現金給与からストックオプションに切り替える設計を行いました。

将来、権利を行使して株式を取得・売却した時点で課税されるため、55%課税の対象となる「今の給与所得」を圧縮できます。試算の結果、生涯で2,000万円以上の節税効果が見込めることがわかりました。

手取り額が増えるということは、その分を再投資に回せるということ。資産形成のスピードが、根本的に変わってきます。


設計で押さえておくべき3つのポイント

ただし、税制適格ストックオプションには厳格な要件があります。ここを外してしまうと「税制非適格」になり、せっかくの節税メリットが吹き飛んでしまいます。

特に重要なのが以下の3点です。

まず権利行使価格の設定。付与時の株価以上に設定しなければなりません。安すぎる価格を設定してしまうと、そもそも税制適格として認められません。

次に権利行使期間。付与から2年後〜10年以内という縛りがあります。短すぎても長すぎてもNGで、この期間内に権利を行使する必要があります。

そして年間の権利行使上限額。1人あたり年間1,200万円までという上限があります。報酬の全額をストックオプションに置き換えることはできないため、どの部分をどう設計するかが腕の見せどころになります。

この3つは「最低限の要件」であって、実際には会社の登記や取締役会決議、契約書の整備なども必要です。設計ミスは取り返しがつかないことも多いので、自己判断は禁物です。


「うちの会社には関係ない」と思っている社長へ

ストックオプションと聞くと、上場企業やスタートアップの話だと感じる方も多いかもしれません。でも実際には、非上場の中小企業オーナーにとっても使える制度です。

特に、将来的に事業承継や株式譲渡を考えている社長にとっては、報酬設計と出口戦略を一体で考えられるという大きなメリットもあります。

今すぐ取り入れる必要はなくても、「選択肢として知っておく」だけで、将来の意思決定が大きく変わります。


役員報酬の設計は、一度決めると年度途中での変更が原則できません。だからこそ、毎年の決算前に「今の報酬設計が最適かどうか」を見直す習慣をつけることが大切です。

もし顧問税理士にストックオプションの話を一度もしたことがないなら、次の打ち合わせで「うちでも使えますか?」と聞いてみるところから始めてみてください。その一言が、数年後に数千万円の差を生むことがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。