先日、もうすぐ引退を考えているという60代の社長から、こんな相談を受けました。「会社を後継者に譲った後も、賃貸ビルの家賃収入で悠々自適に生活できると思っていたんですが……」と。

その方が持っていたのは、純利益が年間1,000万円ほどの賃貸ビル。現役時代は法人のオーナーとして役員報酬を活用した節税も上手くできていましたが、退職後は「とりあえず個人でそのまま持ち続ける」つもりだったそうです。

計算してみると、手取りが年間200万円以上減る可能性がありました。それが10年続けば、2,000万円以上の差になります。

退職後、不動産収入のルールが一変する

現役のうちは法人で不動産を保有したり、役員報酬で所得を分散したりと、上手に節税している経営者は多いと思います。でも退職後、個人で不動産を持ち続けると、税制のルールが大きく変わります。

賃貸不動産から得る家賃収入は「総合課税」の対象です。これは、年金収入やその他の所得と合算して税率が決まるしくみ。現役時代と違い、退職後は大きな役員報酬がなくなる一方で、年金収入が加わります。

問題は、年金と不動産収入を合算した所得が大きいほど、累進課税の仕組みで税率が跳ね上がることです。所得税と住民税を合わせると、最高税率は55%。賃貸規模が大きければ、それほど遠くない数字になります。

法人保有との差は年210万円、10年で2,100万円

純利益1,000万円の不動産を例に比べてみましょう。

個人で保有して実効税率55%に達した場合、年間の税負担は約550万円。手元に残るのは450万円だけです。一方、同じ物件を資産管理会社などの法人で保有すると、法人税等の実効税率は約34%。税負担は約340万円に抑えられ、手元には660万円残ります。

この差が年間で210万円。10年続ければ、2,100万円の差になります。現役時代の節税は「将来への積み立て」ですが、退職後は猶予がありません。気づいた時には、毎年この差が静かに積み上がっていた——そんなことになりかねないのです。

対策は「退職前」に法人へ移すこと

解決策は、退職前に不動産を法人へ移転しておくことです。資産管理会社を設立してそこに不動産を保有させる形が代表的で、家賃収入は法人の所得となります。役員報酬として家族に分散することもでき、個人の総合課税に合算されなくなるため、実効税率を大幅に下げられます。

ただし、移転には登録免許税や不動産取得税がかかります。タイミングによっては退職金の計算に影響が出たり、相続対策との整合性が崩れたりするケースもあります。「法人に移せばいい」と単純に考えると、逆効果になる場合もあるので注意が必要です。

すでに退職している方にも選択肢はある

すでに退職していて個人で不動産を持っているという方も、今からでも法人化の検討は可能です。移転コストと今後の節税効果を比較して、割に合うかを試算するのが第一歩です。

純利益が年500万円を超えるような規模であれば、法人化のメリットが移転コストを上回ることが多いです。「もう手遅れかも」と思わず、一度数字を出してみることをおすすめします。

退職後の収入設計は、現役時代とはまったく異なるルールで動きます。「不動産収入があるから老後は安心」と思っていた経営者が、実際の税引き後の手取りを見て青ざめる——そんなケースは決して珍しくありません。

不動産を個人で持ち続けるか、退職前に法人へ移すかの判断は、退職の2〜3年前から専門家と一緒に進めるのが理想的です。会社を引き渡してからでは、時計の針は戻せませんから。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。