先日、ある建設会社の社長からこんな話を聞きました。「税務調査が入ったとき、調査官が3日間ずっと同じことを繰り返していた」と。
その言葉は、こうです。「領収書はありますか。でも、それだけではダメです。記録はありますか?」
神奈川県の建設業を営む山田社長(仮名)の話は、多くの中小企業オーナーにとって他人事ではありません。決算の翌年の夏、税務調査が入り、3日間にわたって経費の証拠書類を求め続けられた末に、追徴課税・加算税・延滞税の合計で1,200万円を支払うことになりました。
何が8割も否認されたのか
山田社長の経費は年間で約3,500万円。内訳はざっとこうです。
交際費が約2,000万円、社有車の維持費が400万円、そして出張費。どれも「それなりの領収書」は保管されていました。しかし調査官が求めたのは、その先でした。
交際費については、「誰と」「何の目的で」使ったのかの記録がない。社有車については、業務利用と個人利用をどういう根拠で按分したのかの記録がない。出張費については、出張先と業務目的が曖昧。それだけのことで、3,500万円の経費のうち約2,800万円が「損金に算入できない」と判定されました。
否認率、約8割です。そして追加で求められた税金・加算税・延滞税の合計が、冒頭の1,200万円という数字です。
「領収書があれば大丈夫」は昔の話
多くの社長が「領収書を保管していれば問題ない」と思っています。確かに、以前はそれで通じた場面もありました。しかし今の税務調査は、領収書の有無よりも経費の実態があったかどうかを見ます。
調査官の最後のひと言が、この問題の本質をついています。
「領収書があっても記録がなければ、経費にはなりません。」
つまり、お金を使った事実(領収書)と、それが業務に関係していた事実(記録)の両方がそろって、はじめて経費として認められます。片方だけでは、どんなに金額が正確でも不十分なのです。
1,200万円は記録さえあれば防げた
では山田社長のケースは、何が違っていれば結果が変わったのでしょうか。
交際費であれば、会食のたびに参加者の氏名・会社名・商談内容をひと言メモしておくことです。専用のノートでも、スマホのメモアプリでも構いません。費用の大きさよりも、「証拠の密度」が問われます。
社有車であれば、業務利用と私的利用の按分ルールを文書化し、運行記録をつけることです。「業務7割・私用3割で按分する」と口で決めるだけでは不十分で、実際の走行記録が裏付けになります。
出張費であれば、出張の目的・訪問先・担当者名を精算書に一行でも書いておくこと。その一行が、調査の場面では天と地ほどの差を生みます。
どれも、やり方を覚えてしまえば一件あたり数分の話です。しかしその数分を惜しんだ結果が、1,200万円でした。
調査が始まってからでは遅い
税務調査は、調査官が来てから「書類を整える」ことはできません。取引の時点で記録しておくことが唯一の備えです。
特に交際費・社有車・役員報酬・出張費は、税務調査で毎年確認される四大項目と言われます。この4つについて、「領収書はある。でも記録は?」と問われたとき、自信を持って答えられるかどうかを、今期のうちに確認しておいてください。
顧問税理士がいるなら、経費の記録状況を一度見てもらうだけでも大きなリスク回避になります。まだ相談先がない場合は、決算前に一度だけでも専門家に経費の整理状況をチェックしてもらうことをおすすめします。1,200万円の追徴より、相談費用のほうがずっと安く済みます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。