先日、ある社長からこんな話を聞かせてもらいました。「引退したらゆっくりするつもりだったのに、気づいたら相続税が2,800万円かかると言われた。正直、青ざめた」と。
地方で製造業を30年以上経営してきた方です。個人資産は約2億円。老後の生活には十分すぎるくらいだと思っていたそうです。ところが引退の前後に路線価が大きく改定され、保有していた不動産の相続税評価額が約40%も跳ね上がっていました。本人はまったく把握していなかった。
路線価という「静かに動く数字」を知っているか
路線価は、国税庁が毎年1月1日時点を基準に公表する土地の評価額です。相続税や贈与税の計算に使われますが、普段から意識している経営者はほとんどいません。自分の土地がいくらで評価されているか、毎年確認している方は少ないのが現実です。
この社長の場合、保有していた土地が再開発エリアに隣接していたこともあり、路線価が数年連続で上昇していました。引退した時点での評価額は、購入当時と比べてまったく別の水準になっていたわけです。
「土地を持っているだけなのに、なぜ税負担が増えるんだ」という感覚はよくわかります。ただ、相続税の計算は「いくらで買ったか」ではなく「今いくらと評価されているか」で決まります。評価額が上がれば、それだけで税負担が重くなる。これが不動産保有の見えにくいリスクです。
個人資産2億円、その7割が土地と建物
この社長の資産構成を整理するとこうなります。
- 個人資産の合計:約2億円
- うち不動産(土地・建物):約1億4,000万円
- 現預金・有価証券など:約6,000万円
資産の約70%が不動産です。地方の中小企業オーナーにはよくある構成で、事業で使う土地や建物を個人名義のまま持ち続けていると、こういった比率になりやすい。
問題は、不動産は現金に換えにくいという点です。相続税は原則として現金で納付しなければなりません。2,800万円という金額は、手持ちの6,000万円から出せなくはない数字ですが、それをそのまま払ってしまえば老後の生活資金が大きく目減りします。「準備していなかった」という一点が、すべての誤算でした。
法人で保有していれば、評価の設計ができた
では、もしその不動産を会社名義で保有していたらどうなっていたでしょうか。
法人が不動産を持つ場合、相続の対象となるのは「不動産そのもの」ではなく「会社の株式」になります。法人の株式評価には純資産価額方式や類似業種比準方式といった計算方法が適用され、不動産を個人で直接保有するよりも評価額が圧縮されるケースが多くあります。
さらに、法人に不動産を保有させると、賃料収入を法人の収益として管理したり、役員報酬という形で資産を分散させたりといった柔軟な設計が可能になります。「法人を器として使う」という発想が、相続税対策の大きな柱のひとつです。
もちろん、法人化には維持コストや手続きの手間もかかります。すべての不動産を法人移転すればいいという単純な話でもありません。ただ、個人名義で1億円超の不動産を抱えている経営者なら、少なくとも一度は税理士に試算を依頼する価値があります。
動くなら、引退の5〜10年前が目安
こういった事例を聞くと、「もっと早く動いていれば」という後悔の声が必ず出ます。では、いつ動けばいいのか。
目安は、引退の5〜10年前です。相続税対策は、実行してから効果が出るまでに時間がかかるものが多い。法人移転だけでなく、贈与・信託・生命保険の活用など、複数の手段を組み合わせていくには準備期間が必要です。60代後半になってから慌てて動こうとしても、使える手段が限られてくることがあります。
特に、自分の土地・建物を個人名義で持っている方は、路線価の変動を定期的にチェックする習慣だけでもつけておいてください。国税庁のウェブサイトで毎年7月に公表されますので、自分の土地が含まれるエリアだけでも確認しておくと安心です。
相続税は「知らなかった」では済まされない税金です。そして、知っていれば防げた損失というのは、税務の世界には本当に多い。
不動産を個人で持ったまま引退を考えているなら、今期中に顧問税理士へ「うちの相続税、今いくらかかりますか?」と聞いてみることをおすすめします。その一言が、数百万円・場合によっては数千万円の差を生む可能性があります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。